食虫植物の収斂進化をゲノムから探る

福島 健児准教授
新分野創造センター 植物進化研究室
食虫植物の収斂進化をゲノムから探る
食虫植物の収斂進化をゲノムから探る

系統の異なる生物に同じ性質が進化してくる現象を収斂(しゅうれん)進化という。食虫植物に魅せられ、その収斂進化の謎をゲノム配列のバイオインフォマティクス解析から明らかにしてきた福島准教授。ゲノム配列には、さまざまな生物の何億年もの進化の様子が刻まれているという。

Profile

2010年 東海大学農学部応用植物科学科卒業。2015年 総合研究大学院大学生命科学研究科基礎生物学専攻(基礎生物学研究所長谷部研究室、日本学術振興会特別研究員)修了 博士(理学)。2015~2018年 コロラド大学研究員(日本学術振興会海外特別研究員などの期間を含む)。2018~2024年 ヴュルツブルク大学 植物学科Iグループリーダー。2024年より現職。

食虫植物に魅せられる

中学校の夏休みに家族旅行で訪れた屋久島で、青々とした植物に圧倒されたことをきっかけに、一時期、自室で100種類以上の植物を育てるようになりました。植物のなかでも、私の興味関心が食虫植物に向くようになったのは、高専の部活で生物部に入ったのがきっかけです。顧問の星良和先生(現在、東海大学教授)の研究室で、小さな瓶に入った食虫植物に出会いました。

食虫植物とは、昆虫などを捕まえて食べる植物のこと。捕まえ方はさまざまで、葉を袋状にして落とし穴のように使ったり、二枚貝のような葉で挟み込んだり、ネバネバとした粘液でからめとったりと、実に面白いのです。虫を捕らえる葉のことを捕虫葉と呼びます。捕まえた虫は、消化酵素の含まれた消化液で分解し、吸収して自分の栄養にします。まるで私たちの胃腸のようです。一般の植物であれば、栄養素の吸収を根から行いますが、食虫植物は、それに加えて捕虫葉からも栄養補給するのです。

食虫植物に深く惹かれた私は、星先生が九州東海大学(現在の東海大学)の助教授になられたときに、そのあとを追うことにしました。当時、私は5年制の有明工業高等専門学校に在籍していたのですが、3年次修了時点で退学し、大学に入学したのです。

大学でも大学院でも食虫植物一筋

トリモチ式食虫植物ビブリス

大学時代は、星研究室で食虫植物の研究に打ち込みました。食虫植物は世界中で約800種が存在し、ホームセンターなどでも売られているので、ウツボカズラ、ハエトリソウ、モウセンゴケなどの名前をご存じの人も多いでしょう。私の大学時代の研究材料は、例えば、ネバネバで虫をからめとるビブリス。その染色体を顕微鏡で観察して核型(染色体の本数や種類)を調べたり、その系統樹を作成したりしました。

系統樹は、対象の生物がどのように進化してきたかを調べる上での土台となる情報です。長い年月の進化の中で、生物は新しい性質を獲得していきます。その生物のもつ性質を決めているのは遺伝子なので、遺伝子が乗っている染色体も、進化について多くのことを語ってくれます。

食虫植物研究に取り組んだ4年間を終えた後、大学院では、基礎生物学研究所の長谷部光泰教授の研究室に入ることにしました。食虫植物の研究をさらに進めて、「食虫植物らしさ」を決めている性質に焦点を絞って詳しく研究したいと思ったのです。食虫植物らしさ、つまりその捕虫葉の形作りや虫を消化吸収するという独特な機能について、分子レベルの解析で真正面から取り組むには、日本では長谷部研が一番だと考えたのでした。

食虫植物の収斂進化を明らかにしたい

落とし穴式食虫植物フクロユキノシタ

長谷部研ではいろいろなことを学びました。ここでは消化酵素の研究について紹介しましょう。フクロユキノシタという、落とし穴式の捕虫葉をもつ食虫植物の消化酵素の研究です。多くの共同研究者からなる大がかりな研究で、20億塩基対もある巨大なフクロユキノシタのゲノム配列を解読したのです(*1)

解読したゲノム配列の情報は、消化酵素の解析にさまざまに役立ちました。例えば、昆虫の外骨格の主成分はキチンという高分子なのですが、このキチンを分解する消化酵素の遺伝子を突き止めることができました。驚いたことに、これと同じ消化酵素遺伝子が、他の食虫植物でも同じように使われていることがわかりました。食虫植物は被子植物のいろいろな系統に存在していて、それらは、たとえばツツジの仲間だったりナデシコの仲間だったりというように、進化の道筋が全く異なる植物同士です。キチン分解に使える遺伝子はいくつもあるのに、同じ1種類の遺伝子を使っているのです。これはたまたま選ばれたただの偶然なのでしょうか?それともそれしかない必然的な選択だったのでしょうか?私の疑問は、大きくふくらんでいきました。

系統が異なる生物同士が、進化の過程で同じような性質を獲得することを「収斂(しゅうれん)進化」といいます。食虫植物は、被子植物の異なる数系統において進化してきた点からそもそも収斂進化の好例なのですが、どんな種類の消化酵素遺伝子を使うかという分子レベルの事象においても収斂進化を起こしていることがわかりました。

食虫植物の収斂進化についてさらに詳しく追求したいと考えた私は、ゲノム解析手法についてもっと習熟する必要があることを認識しました。そうしたときに、私の頭に浮かんだのは、アメリカのコロラド大学のデービッド・ポロック教授が2009年に発表した論文でした(*2)。彼は、ゲノム配列をコンピュータで解析することにより、分子レベルでの収斂進化を検出する手法を開発したのでした。ゲノム解析について学ぶにはこの研究室しかないと思った私は、さっそくポロック教授にメールを書き、直接訪問して研究構想を伝えました。その後、日本学術振興会の海外特別研究員制度に採択されて、博士号取得後の2015年、コロラド大学でポスドクとしての研究生活をスタートしました。

ゲノム配列は食虫植物研究の可能性を開くに違いない

私が、ゲノム配列解析技術を重視したのには理由があります。食虫植物の場合、古典的な遺伝学的実験が難しいのです。例えば、メンデルの実験で使われたエンドウのように、比べたい性質の多型が1つの生物種内に存在すれば(紫色の花をもつ個体と白色の花をもつ個体のように)、性質の違う個体を掛け合わせる遺伝学的実験が可能です。しかし、食虫植物はどれも虫を食べるものばかりですから、虫を食べる個体と食べない個体を掛け合わせる実験が行えないのです。

このように感じていたなか、次世代シークエンサーが世の中にどんどん普及していき、国家プロジェクトでなくとも自分たちでゲノム解読を行える時代が到来しつつありました。ゲノム配列が決まれば、そこに乗っている遺伝子の顔ぶれもわかります。長谷部研で、私たち自身でフクロユキノシタのゲノム解読を進めたのも、そうした背景がありました。実際、消化酵素遺伝子の解析ではゲノム情報が大いに役立ったわけです。

コロラド大学でゲノム研究を開始する

コンピュータによるゲノム配列の解析には、当然ながら、プログラミングなどのバイオインフォマティクス技術が必要になります。バイオインフォマティクスの基礎は、大学院生のときに参加した統計学の勉強会などである程度は身につけていました。

ポロック研では、自分の好きなテーマで自由に研究をやらせてもらいました。まずは、ポロック教授の2009年の論文で提案された手法を使うことにしました。

ある2種類の生物に共通する性質が分子レベルでの収斂進化で生じたとすると、それぞれの生物のゲノム配列にもそれと対応する変化が見られるはずです。例えば「葉の表面に毛が生える」とか「葉から栄養を吸収する」などの性質が生じるためには、そこで働くタンパク質に変化が起こっているでしょう。2種類の生物のタンパク質配列を比較すれば、それが同じ変化で生じているか、つまり分子レベルでの収斂進化が起こっているかを推定できるようになります。ポロック教授らの2009年の論文では、タンパク質を構成するアミノ酸の変化を調べることで、正確に収斂進化を推定できるプログラムが開発されました。ところが私は、この方法ではうまくいかないケースがあることに気がついたのです。そこで、より正確に推定するためには、新手法が必要と考え、新しいプログラムの開発に取り組むことにしました。

結論からいうと、同義置換(アミノ酸に影響を与えないDNA配列の変化)の情報をさらに加味することで、より正確に収斂進化を推定できるプログラムを作り上げることができました。ポロック研に在籍していたのは2018年までですが、この結論を導くまでにかなりの年数がかかり、論文として発表できたのは2023年のことになります(*3)

新手法を組み込んだソフトウェアは、動植物を問わず分子レベルでの収斂進化の推定に適用できることから、反響は大きく、いろいろな生物種を扱う研究者から問い合わせがあったり、共同研究が始まったりしています。食虫植物ばかり見てきた私の視野を広げる経験となっています。

遺伝子発現から収斂進化を探る

2023年に発表したこの論文の研究と同時期に開始し、それに先立つ2020年に論文報告した研究があります(*4)。もともとはこれらを1つの論文として発表しようと思っていたのですが、先に終了したこともあり、また、内容が肥大化してとても一報の論文としては報告できない量に達してしまったので、別個な論文として先に発表しました。

2023年の論文がタンパク質をコードするゲノムDNA配列から収斂進化を見つける方法の開発だとしたら、2020年の論文は、メッセンジャーRNA(mRNA)のデータから収斂進化を見つける方法の開発になります。遺伝子の発現は、DNA→メッセンジャーRNA(mRNA)→タンパク質という順序で起こることはよく知られていますが、mRNA量を網羅的に測定できるRNA-seqという実験手法が近年普及し、世界中の研究者がさまざまな生物の測定データをデータベースから公開しています。

進化のスケールの研究では、多様な動物や植物を比較する必要が出てきますが、それらを全部自分の研究室で実験するには膨大な手間と費用がかかります。扱う種数が増えると動物園や植物園くらいの施設が必要になりますが、それが研究室単位で確保できるキャパシティを超えるのは明らかです。一方で、データベースから得られる公開データを使用できれば、小規模な研究室でも超多種の解析が可能になります。データベースを利用する際に問題になるのは、多様な条件で測定されたデータを取捨選択したり補正したりして、比較可能な形式に整備することです。そこで私は、この整備を自動化するコンピュータプログラムを開発しました。

このプログラムを使えば誰でも、世界中の研究室が持ち寄ったデータを統合して、動物園・植物園スケールでの遺伝子発現データセットをコンピュータ上で用意することができます。論文では、182の研究プロジェクトから集めた遺伝子発現(RNA-seqで測定したmRNA量)のデータを用いて、21種類の動物について6組織(脳、心臓、腎臓、肝臓、精巣、卵巣)のデータを比較して、遺伝子発現の進化を解析しました。この21種のなかには、希少種のカモノハシなども含まれています。それらの21種もの動物を実際に入手し、自分たちで解剖して、遺伝子発現を解析する様子を想像してみてください。どんなに大変なことでしょうか。その工程をスキップできるならば非常に大きな利点になるはずです。現実問題、カモノハシは動物園にだっていませんから、生体の入手はほぼ不可能なんですが。

開発したコンピュータプログラムをまず動物で試したのは、植物よりも動物のほうが公開データが豊富だったからです。このプログラムを使って多種間でmRNAの発現量を比較すれば、例えば、精巣で発現した遺伝子は、次の進化の過程では脳や卵巣で新たな機能を獲得しやすいといったことが発見できます。植物に適用すれば、食虫植物の捕虫葉で発現している遺伝子がどこから転用されているのかが分かるはずです。

このプログラム開発で私が工夫した点は、外れ値のような、極端な値のデータを除外するために、データ同士で多数決をとらせたことです。多数決をとる、つまり「自身と似ていないデータにマークをつける」ことを行い、マークがたくさんついたデータは除外されるようにするというアイデアが、自動化の鍵になりました。

ドイツで新たなポジションに

ヴュルツブルク大学での最終セミナー後に同僚からのプレゼント

さて、日本学術振興会海外特別研究員制度からの支援は2年間で終了します。その後のことを念頭におき、コロラド大学にいる間にいくつかのグラント(助成金)に応募していました。そのうち、ドイツのフンボルト財団が提供するソフィア・コワレフスカヤ賞というグラントに採択され、2018年10月からはドイツのヴュルツブルク大学植物学科Iで、グループリーダーとして研究室を立ち上げることになりました。世界でも珍しいのですが、そこの当時の学科長は、食虫植物を扱った研究を展開しています。また、初代学科長も食虫植物に興味をもっていた方で、彼が150年ほど前に描いたウツボカズラの絵のレプリカをドイツの同僚が贈ってくれて、今も私の研究室に飾ってあります。

ソフィア・コワレフスカヤ賞は、海外から若手研究者を呼んで、ドイツ国内で研究グループを立ち上げさせることを目的としたグラントです。5年間の研究期間に、165万ユーロ(当時のレートで約2億2千万円ほど)が支給されます。大きい額に見えますが、その中から自分の給料、ポスドクや学生たちの給料なども支払うのです。

私の場合、30ページほどの申請書類を1か月ほどかけて書き上げ、この制度へ応募しました。そして半年以上経ったある日、採択の連絡が届いたというわけです。あわてて引っ越しの準備をして、通知の6か月後には、いくつものスーツケースを抱えてドイツの地に降り立っていました。私と妻と子ども2人が一緒です。妻は現在、民間企業に勤めていますが、日本に帰国するまでは神経科学を専門とする研究者として大学に勤めていました。渡米する直前に結婚した私たちですが、2人の子どもはコロラド大学で二人揃ってポスドクをしていた時期に生まれています。子どもたちは、生後3か月くらいから保育園に通っていました。アメリカでは保育料が高額で、夫婦2人の給料がなければ、とてもやっていけない状態でした。子ども2人の保育料と家賃を合わせたら、もうそれだけで私一人分の給与では賄えない額になりました。

それに比べて、ドイツでの保育料は桁違いに安く、しかもドイツ国籍のない私たちにも子ども手当がもらえたので、負担は少なかったです(税金は高いですけれど)。保育園の空き枠を見つけるのは、アメリカでもドイツでも難しかったのですが、ドイツでは、学科の同僚の方たちが事前に大学附属の保育園の枠を確保しておいてくれたので、とても助かりました。

自分の研究室を立ち上げる

ドイツでは、グループリーダーとして自分の研究室を主宰する立場に就きました。研究室のメンバーは、最も多いときには、他の研究室からの指導委託で在籍していた人も含めてですが、8人ほどにのぼりました。植物学科Iには他にバイオインフォマティクスの専門家はいなかったので、私に期待されている役割も明らかでした。バイオインフォマティクスに関しては、メンバーに指導しつつ、自分でも手を動かしてソフトウェアの開発などを続けました。

私の研究室では、実験とバイオインフォマティクスを両方行うのですが、COVID-19の影響もあり、後者への比重が少し大きくなったかもしれません。バイオインフォマティクスは、手元にコンピュータが1台あれば、リモートワークでも比較的取り組みやすいですから。

着任後1年ほどの研究室立ち上げ準備期間が過ぎ、さあいよいよ研究に本腰というときにCOVID-19が猛威を振るい始めました。その時期は大学での活動もさまざまな制限を受けました。保育園が閉鎖された数か月間は、私と妻は、午前と午後に分かれて交代で研究室に出勤することでなんとか乗り切ったものです。

このようなこともありましたが、ドイツでの研究は順調に進んだと思います。先ほど紹介した2020年と2023年の論文は、ドイツでも続行した研究を報告したものになります。

ドイツで新たに開始した研究にはまだ継続しているものもあります。例えば、食虫植物の消化液が酸性になる仕組みの研究は、私の帰国後もドイツの共同研究者の力を借りながら進めています。食虫植物と共生菌の関係についての研究は、ドイツからついてきてくれたポスドクと一緒に遺伝研で継続していきます。一方、ドイツで開始して論文発表まで終わっているプロジェクトもあり、その一つがウツボカズラのゲノム解読です(*5)

ウツボカズラのゲノム解読から興味深い発見へ

ウツボカズラ(左)とフクロユキノシタ(右)の収斂進化

ウツボカズラは、落とし穴のように獲物を捕らえる袋状の捕虫葉をもつ食虫植物です。似た食虫植物にフクロユキノシタがありますが、ウツボカズラとは独立に進化しています。つまり、収斂進化です。フクロユキノシタのゲノム解読は2017年に報告していましたから、それとウツボカズラのゲノム配列を比較できれば、どこが共通でどこが独自性をもつかといった着眼点から、いろいろなことが発見できるだろうと思いました。

そこで、ウツボカズラのゲノム配列の解読を始めました。ところが、ゲノム配列の概要が判明した時点で、ウツボカズラの染色体が非常に珍しい特徴をもっていることがわかりました。ウツボカズラは、同じ種類の染色体を10本ずつもつ十倍体だったのです。ゲノム倍加のタイミングはとても古く、およそ5千万年前と推定されたのですが、全ての種類の染色体について10本セットを維持していました。通常は長い年月の間に染色体同士が融合したり欠失したりといった変化が起こるのですが、このウツボカズラには、それがまったく起こっていないようなのです。これほどの長期間、高次倍数体の核型が維持されているのは、非常に珍しいことです。

ウツボカズラのこの特徴は、とても有用です。同種の10本の染色体のなかには、遺伝子発現が活発な「強い」染色体と、不活発な「弱い」染色体があります。核型が変化していないので、サブゲノムドミナンスと呼ばれる「強い」「弱い」の違いが明瞭に維持されていて、この現象を調べるのに適しているのです。

興味深いのは、進化の過程で新しい性質をもつ遺伝子が生じるのは、弱い染色体の上であることが多かった点です。比喩的にいえば、弱い染色体はあまり頼りにされていないかわりに、新しい冒険ができると表現できるかもしれません。ウツボカズラのゲノムは、こうした新発見がまだまだ期待できると思っていて、遺伝研でも解析を続けたいと思っています。もちろん、当初目論んでいたように収斂進化の研究にも利用するつもりです。

遺伝研で新たなアイデアを展開していく

現在は、遺伝研での新たな研究室のセットアップが少しずつ落ち着いてきている状態です。ドイツで買った実験機器は結局ほとんど置いてくることになったので、遺伝研で措置していただけたスタートアップ経費には本当に助けられています。

遺伝研では、これまでに紹介した研究も継続しながら、新たなことにも挑戦していきます。今後新たに開始したい研究テーマの1つは、「起こらなかった進化の検証」です。生物はいろいろな可能性のなかから1つの選択肢を選ぶことを繰り返すことで進化し、現在に至っています。実際の進化では起こらなかったのだけれど、選択肢のなかに含まれていた可能性を調べ、実験室で再現していけば、いろいろなことを私たちに教えてくれるのではないかと思っています。そうすれば、実際に起こった進化がどれくらい特殊だったのかという点に対しても答
えが得られるのではないかと。

消化酵素などのタンパク質を構成するアミノ酸の変化に着目すれば、そういった研究ができそうです。実際の進化ではアラニンからセリンへの変化が起こっているのだけれども、もしそれがアラニンからトレオニンへの変化だったら、タンパク質の性質はどのようになっていたでしょうか。1回だけ起こった進化もあれば、収斂進化のように2回以上起こるケースもあります。そこに0回起こった進化をあわせて比較すれば、生物がたどってきた偶然と必然の歴史をよりよく理解できるはずです。

またDNAの配列から、生物の隠れた性質を発見する技術の開発にも興味を寄せています。例えば、食虫植物かどうかは、目で見ればすぐ判断できるだろうと思われるかもしれませんが、そうではないのです。よく知られた食虫植物とは違ったスタイルで虫を食べている場合は、見た目ではよくわかりません。すでにこの10年間あまりで、新たに2つの食虫植物の系統が発見されています。ゲノムDNAという新たな糸口によって、まだ知られていない食虫植物を探し出せる可能性は非常に高いと思っています。

さらに、普通の植物に食虫植物の性質を付与するという、合成生物学的な研究への挑戦も大事だと思っています。モウセンゴケの分泌腺をシロイヌナズナに生やすといったように、少しずつ性質を変えていけば、私の研究者キャリアの年月のうちに結構いいところまでいけるのではないでしょうか。進化の十分条件は、それを再現する試みによってはじめて理解できると思うのです。

ゲノム配列のデータも大いに活用しながら、今示したような研究を展開して、生物進化についての理解をもっともっと深めていきたいと考えています。特に、長期的な進化を探る上で食虫植物がとてもよい材料になることは、これまでの研究から確信しています。私は、食虫植物の研究がこのように進められる時代に居合わせたことを、本当にラッキーだと思っています。もし私が10年早く生まれていたら、大学院生として食虫植物のゲノム解読に取り組むのはほとんど不可能だったでしょう。そうなると、その後、今と同じような路線で研究を続けていたかどうか自信がありません。ゲノム解読技術の普及は、生物学研究の「民主化」を推し進めたように私は感じています。モデル生物だけでなく、誰もが自分の好きな生物を遺伝子のレベルで研究できる時代にしてくれたのですから。

聞き手:サイエンスライター 藤川 良子
写真撮影:遺伝研ORD  来栖 光彦
2024 年6月