講演①質問と回答 (工樂 樹洋)
- 「収斂進化」をわかりやすく説明いただけますか?
- 端的に説明しますと、別々の生物系統で、形態や器官など類似した機能を持つ特徴が独立に生じる現象です。
- 今後動物の進化は現在でも進み、未来はどのようになるのでしょうか?
- 地球史上6回目といわれる大量絶滅時代に入っていると言われています。生物種の数は減っていくと思いますが、将来どういった生物が生存しているかは、これからの経時的な環境の変化によると思われます。
- 軟骨魚類がかつて硬骨を持っていた可能性に驚きました。では、軟骨魚類は進化の途中?!なのでしょうか。
- ともに分類群の名前に「骨」と入っていますので、硬骨・軟骨の違いに反応される方が多い形質ですが、他のどの形質に着目しても、進化の途中と考えられる種(群)は存在すると考えられます。
- 有袋類と胎盤を持つ哺乳類はもとは一緒だったのでしょうか。
- 哺乳類の祖先が出現し、現在別々のいくつかの大陸がまだひとつづき(ゴンドワナ大陸)だったころにはまだ有袋類の祖先は出現していなかったと思われます。約1億3千年前ごろのことです。その後、有袋類の系統と有胎盤類の系統と分かれました。
- なぜ北半球にはペンギンがいないのでしょうか。
- 厳密には赤道付近に生息するガラパゴスペンギンが北半球にもいます。南北で偏っているのは、単にペンギンの起源が南半球だからと認識しています。
- 環境変化(公害系)が激しい時代ですが、遺伝子レベルではいかがなのでしょうか?
- 環境の変化、そして、遺伝子レベルの変化は、近年に限らずこれまで長い進化の中でいつも起きてきたことです。ただ、近年、人工の物が遺伝子レベルの変化を引き起こす頻度は以前より高いかもしれません。
- いままでどのような勉強をしてきましたか?
- 勉強というより、既存の知識をもとに、何がわかっていないのか、そして、それに挑むのにどういうアプローチが可能かを実践的に考えるのが大事だと思っています。とはいえ、一般的な意味での勉強というと、専門の研究は当然のこと、研究を助ける英語やコンピュータについて学ぶことも欠かせません。
- 脊椎動物の進化を学べる水族館や博物館などありますか?
- 自治体が運営している自然史博物館が丁度良いと思います。そこで理解を整理し、各地の水族館や動物園で形態や行動を実物を見て確認するのがおすすめです。ついでに、動物園や水族館ではお目にかかれない生物にも敢えて思いを馳せてみると、多様性の広がりを存分に感じていただけると思います。
- 円口類は2次的に染色体の数が増えたようだと仰っていましたが、どのような原因でそのようなことが起きるのでしょうか?
- ヤツメウナギの系統で染色体が微小化し数が増えた、という説明だけをしたかと思いますが、ヒトやサメ類を含む有顎類の系統で数が減ったという仮説も想定する必要があります。染色体の離合集散は進化の過程でいつも起きており、そのために、種によって染色体数にかなりの多寡がみられるわけです。染色体数の増減がどういった生物学的な意味を持つのか、現時点ではわかっていませんが、今後DNA配列情報を多数種で比べることで迫ることができる可能性があると期待しています。
- 発生学上、前口動物・後口動物という分類がありますが、先生の研究上どのような位置づけになりますか?
- 私がおもに扱っています脊椎動物は、後口動物に含まれます。研究の中では、比較のための「外群」として、ときに前口動物の遺伝子の情報も使用することがあります。
- 近縁の種間でゲノム配列を比較する際の「近縁」はどこまでを指すのか基準があるのですか?
- あいにく基準はありませんので、研究者間のコミュニケーションでもあいまいになりがちです。近縁の度合いが重要になる際には、種の分岐年代やDNA配列の相違度などで表します。
- 系統樹の作成方法はNJ法、最尤法、UPGMAなどの種類があると習ったのですが、結局何を見ていて何が違うのかわかりませんでした。今回の講演で出てきた系統樹はどのように作ったものでしょうか。また、作成方法による系統樹の違いも教えていただきたいです。
- 簡単に言いますと、UPGMA法は分子進化速度の一定性を、NJ法は枝長の合計が最小になるということを、そして、最尤法は塩基やアミノ酸の置換のパターンを、それぞれ仮定します。そして、その仮定の下で、与えられた配列情報にもとづき、系統樹を導き出す方法です。単なる模式的な系統樹を除きますと、今回の講演でお見せした系統樹はすべて最尤法によるものです。計算時間は比較的長くかかりますが、とくに遠縁の関係にある配列の関係を推定する際には納得できる結果を得やすいとの判断で多用している方法です。
- 進化の速度の差(種の分化速度の差)はどうやって測定しているのでしょうか?特定の遺伝子や塩基配列に着目するのではバイアスがかかってしまいませんか?また、その差はどのような影響に起因するものなのでしょうか?
- まさにそういった遺伝子間の差が往々にして見受けられますので、種間で対応がつく遺伝子をできるだけ多く集めて比較を行います。遺伝子間の分子進化速度の差は、ゲノム内で不均一な突然変異速度の差におもに起因すると考えられます。
講演②質問と回答 (小出 剛)
- 従順性はDNAだけでなく、環境にも影響されないのでしょうか?
- 従順性は遺伝子DNAだけでなく環境によっても影響は受けると考えています。最後にご紹介した腸内細菌叢も環境要因の一つとして考えられます。このように、遺伝子と環境の相互作用により従順性は生じていると言えます。ただ、今回のような選択交配のケースではやはり遺伝子が最も大きな効果を果たしていると言えるでしょう。
- 「最初はヒトを忌避するがエサを与え続けると懐く」というのと「家畜化」というのは全く違う現象なのですか?
- 野生動物を飼育下でなつかせることは可能です。ライオンやトラをペットにしているケースもみられます。しかし、このような飼育環境下で獲得した従順性は世代が変わるとまたゼロからのやり直しになります。一方、今回私が示したマウスの場合は、主には遺伝的な変化により家畜化を獲得しているため、世代が変わっても高い従順性を示します。
- 従順性とは対人間に限って働く性質なのでしょうか。他の種の生物にも働く場合、異種間で群れをなすことはありますか?
- 通常は野生動物が異種間で群れを作ることは稀です。そういうケースは動物が密になりやすい餌場や水場に限られるでしょう。一方、家畜化された動物では異種動物間で行動を共にすることもしばしばみられます。こうした異種動物間での関係性の変化がもしかすると家畜化の重要な行動的背景にあるのではないかと思っています。
- 従順性試験ではヒトの手以外の動く物体(他種の動物など)でも調べられていますか?
- 私たちはまだ調べていませんが、ヒトの手以外の動く物体に興味をもつかどうかは、今後調べてみたい行動だと思います。
- 実験動物で社会性はどうように検証しますか?
- 実験動物での社会性は様々な行動テストをすることで調べることができます。マウスやラットでは、社会性を調べるための数多くの行動テストが開発されています。
- 従順性を獲得させた場合、従順性以外の部分への変化はないでしょうか?
- 次の質問とも関連するのですが、キツネでは形態の変化が生じたという報告があります。しかし、私たちの高従順性マウスではそのような変化はみられません。ただ、行動解析によれば、同種内での社会行動に変化が生じているので、厳密にいえば、従順性以外の行動にも変化がみられると言えます。
- キツネは従順性が高い固体を選択交配すると、尾が丸まったり耳がたれると聞いています。マウスでもこのような形質が変化する事はありますか?また遺伝的に性格と形質にはどのような関係があるのでしょうか?
- キツネでのこうした形態の変化が生じることから、家畜化に伴う形態の変化を「家畜化症候群」とも呼ばれるようになっています。この原因としては、発生段階での神経堤細胞由来の細胞に何らかの変化が生じることで従順性や形態などさまざまな形質に変化が生じるのではないかという仮説があります。しかし、異論もあり、まだこの点は明らかになっていません。私たちが従順性に関して選択交配したマウスでは形態の変化はみられていません。また、ラットでも顕著な形態の変化はみられなかったという報告があります。まだ未解明の点が多い問題だと言えるでしょう。
- 今回の実験から従順な遺伝子座はマウスでは11番染色体で見つかっているとのことでしたが、マウスの11番染色体に相当する人類の遺伝情報も、従順になるよう変異しているのでしょうか?
- ヒトのゲノムとの比較はしていないのですが、イヌとラットでも同じゲノム領域が従順性に関連しているという報告があることは確認しています。従って、種を超えて従順性に重要な役割を果たしているゲノム領域なのかもしれません。
- 従順性が薬品の投与で変化するのであれば、生物の性格も薬品で制御できるのですか?また、従順性以外に体に与える影響はありますか?
- 今回の実験のように、薬の投与で従順性が変化することはありうるでしょう。その一方で、懸念されているように性格の他の面にも影響を及ぼすことは十分に考えられることです。そのため、家畜動物の性格改善の目的を考えるなら薬の投与よりは育種の方が現実的かもしれません。
- 高従順性群とコントロール群では行動実験において不安様行動に違いがなかったと思うのですが、不安が従順性に抑制をかけているという結論はそれと矛盾しますか?
- おっしゃる通りです。ただ不安様行動は、何に対する不安かという点で、更に複雑なものであると考えています。今回行動実験で調べたのは明暗環境における不安や新奇環境下での不安などですが、社会性不安などについては解析をしていません。これらをより深く解析することで今後能動的従順性のメカニズムを明らかにしていきたいと思います。
- 今回の実験ではマウスの腸内フローラが従順性に関連するというのが新鮮でした。どうして腸内フローラに着目したのですか?
- 近年、腸内細菌叢が動物やヒトの行動に影響を及ぼすという報告が多くあります。そのため、家畜化過程でも腸内細菌叢に変化が生じ、その影響を受けているのではないかと考えました。
- 従順性と腸内細菌叢の関係において、遺伝的な性質が直接に腸内細菌の割合に影響するイメージでしょうか?あるいは、その生活様式や食の好みが結果的に反映することになるのでしょうか?
- そのいずれもあると思っています。現時点ではこのご質問にお答えするデータを持っていません。今後更なる解析によりその答えを探していきたいと思います。
- ガーナで家畜化の取り組みをしているグラスカッターについて質問します。なぜグラスカッターを家畜化する生物として選んだのですか?
- グラスカッターは日本ではなじみがないですが、西アフリカ諸国では現地で最も好まれている食材の一つです。その一方で、野生個体の捕獲が進むことで、野生動物保護、環境保護、感染症予防などの観点で問題があり、早急な対応が求められていると思います。そのため、グラスカッターを家畜化しようとしています。
- 培養肉や植物肉の研究が進んでいますが、そのような背景の中で家畜化の研究はどのような形で役立てる方向性に変わっていくと思われますか?
- 食生活は多様になっており、今後も益々その傾向は強くなると思います。その一方で、食料不足の問題が顕在化している中で家畜の重要性も増していくことになると思います。そのため、地域の食生活に基づいた家畜化は重要なテーマだと思います。