色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション
 
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第2回 色覚が変化すると、どのように色が見えるのか?

2.4 全色盲の人にはどのように色が見えるのか

「いわゆる全色盲」とは 1色型色覚 (monochromats) のことを意味しており、2つの原因が考えられる。1つは 2種類の錐体視物質が失われ、1種類の錐体だけが存在する錐体 1色型色覚であり、もう 1つはすべての錐体視物質もしくはすべての錐体機能が失われ、杆体のみで光を感受する杆体1色型色覚である。

錐体 1色型色覚は任意の 2種類のオプシン遺伝子に変異が生じれば成立する。赤オプシン遺伝子もしくは緑オプシン遺伝子のどちらかが発現しなくなった赤緑色盲と、青オプシン遺伝子の変異とが同時に生じる可能性はきわめて低く、錐体 1色型色覚は、事実上は赤オプシン遺伝子と緑オプシン遺伝子の両方が発現しなくなる例に限られる。X 染色体には上流から赤オプシン遺伝子、緑オプシン遺伝子の順に遺伝子が並んでいるが、この両方の遺伝子の発現を制御している領域が赤オプシン遺伝子の転写開始点上流 4,000塩基対付近に存在し、そこに変異が生じると赤オプシン遺伝子と緑オプシン遺伝子の発現を同時に失うことになる3)。この変異は X 染色体に存在することから、伴性劣性遺伝の遺伝形式をとる。第1回の1.6節で説明したように、X 染色体の変異は男性よりはるかに低い頻度で女性でも表現型が顕在することがあるが、錐体 1色型色覚の発生頻度は男性でもきわめて低く、女性では事実上起きることはない。

 錐体 1色型色覚の人の網膜には、青錐体と杆体しか視細胞が存在しない。錐体は明所において光の強弱を知覚し (光覚 light sense)、視力 (形態覚 visual acuity) と色覚 (color vision) の両方に寄与している。一方杆体は、暗所において光覚を司るものの、形態覚は不良で、しかも明所では機能しない。通常、錐体の 9割以上を占めるのは赤錐体と緑錐体であり、青錐体の数は全体の数%に過ぎない。そのため大多数の錐体が機能を失った錐体 1色型色覚では、視力は 0.1〜0.3 と低い。この低い視力は錐体細胞の減少による網膜の分解能自身に起因する視力低下であるため、近視のようにメガネで矯正することはできない。明所では青錐体だけ、暗所では杆体だけしか機能しないため、色の弁別能力のない 1色型色覚となる。しかし適度な薄暗い環境 (薄明視) においては青錐体と杆体の両方が機能することが可能であり、吸収極大波長 419nm の青視物質と吸収極大波長 510nm の杆体視物質ロドプシンを使って色の弁別能力を発揮し、2色型色覚となることがある2)

図12. 石原表の第1表
全色盲の人が唯一判読できるとされる表.これ以外の表でも明度差をうまく使って判読できることがある.財団法人一新会より許可を得て,石原綜合色盲検査表〔(株)はんだや〕から転載.ただし複製のため印刷の色調は多少異なり,色覚の判定には使えないので注意されたい.

これに対し杆体 1色型色覚では、すべての錐体の機能が失われている。これは第2染色体に存在する cGMP 依存性陽イオンチャンネル遺伝子の変異が原因であり4)、常染色体劣性の遺伝形式をとる。頻度はやはり稀で、0.003%と推定されている。錐体の機能がないためにすべての視覚機能を杆体に依存することになり、0.1以下の低視力や色弁別能の欠如が生じる。杆体は明所では機能しないため、明るいところではほとんど物が見えない明所視障害 (昼盲) を生じる。しかし薄暗いところにおいては形態覚を有している。明るいところでは濃いサングラスをかけて眼に入る光を制限することで、視覚をある程度快復することができる。

全色盲では色相も彩度も判別できなくなるが、唯一の視覚情報である明度情報を上手に利用して視知覚を補っていることが多い。石原表では全色盲の人が唯一読める表として、明度の異なる 2色のみを用いて文字を構成した第1表が準備されているが (図12)、その他の表においても微妙な明度差情報を活用して図柄の判別が可能な場合もある2)

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細胞工学Vol.21 No.8 2002年8月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
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