色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション
 
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第1回 色覚の原理と色盲のメカニズム

1.4 なぜ赤オプシン遺伝子と緑オプシン遺伝子が並んで配置しているのか

原理的には、分光吸収特性の異なる視細胞が 2種類あれば、それらの出力を比較することによって波長の異なった光を区別できる。鳥類、爬虫類、両生類、魚類といった脊椎動物では、錐体視物質を 3ないし 4種類有する 3色型色覚もしくは 4色型色覚を持つ動物が多く知られている。しかしながら哺乳類の多くは、青もしくは紫外線領域に吸収極大波長を持つ視物質と、緑もしくは黄緑色に吸収極大波長を持つ視物質の2種類の錐体視物質しか持たず、2色型色覚である(表3)7)*4。哺乳類の祖先は夜行性の小型爬虫類であったとされているが、実際哺乳類の視細胞の約 95%が暗所に適応した杆体であり、他の脊椎動物に比較して哺乳類の網膜には錐体が少ない。例えばヒトにおいては杆体が約1億5千万個もあるのに対し、錐体は約 700万個しかない。

表3. 主な哺乳類の錐体視物質の吸収極大波長
大塚輝彌ら: 遺伝(1999) 53: 14-18 より引用.

ヒトにおいて赤オプシン遺伝子と緑オプシン遺伝子の相同性が非常に高いことと、両者が X 染色体上で隣接して配置されていることは、この 2つの遺伝子が進化の過程で遺伝子重複によって生じたことを想像させる。霊長類においても原猿類のキツネザルはやはり 2色型色覚であるが、我々ヒトやチンパンジーを含む狭鼻猿類は 3色型色覚を有しており、霊長類の進化の過程を考慮すると約 3,000万年前に 3 色型の色覚を獲得したと考えられている8)。よって我々の 3色型色覚は、哺乳類以外の脊椎動物のものとは異なり、進化の過程で一度2色型色覚になったものから新たに 3つ目の視物質を獲得して、再度成立したと考えられる。キンギョでは緑オプシンの最大吸収波長が 530nm、赤オプシンは 625nm で、その差は 95nm とかけ離れているが9)、ヒトでは前述した通り緑が 531nm、赤が 558nm で、その差は 27nm と明らかに小さい。このようにヒトの赤と緑のオプシン遺伝子は獲得してからの歴史も浅く、遺伝子の相同性もいまだ非常に高い状態を保っている。

ヒトがどのように異なる2 つのオプシン遺伝子を獲得したかを広鼻猿類のサルの色覚の例から推測すると、もともと X 染色体には 1つのオプシン遺伝子しか存在しなかったが、そのうち集団中に分光吸収特性の異なる対立遺伝子、すなわち短波長型オプシン遺伝子 (後の緑オプシン遺伝子) と長波長型オプシン遺伝子 (後の赤オプシン遺伝子) が存在するようになり、X 染色体を 2つ持つメスにおいてのみ 3 色型色覚の個体が出現したのであろう。樹上生活を営むうえで 3色型色覚の個体は、緑色の葉の間に実っている赤や黄色の果実や、黄緑の若芽を見つけるのに都合が良く、生存に有利であったかもしれない。そのようなヘテロ接合体のメスにおいて相同組換えによる遺伝子重複が生じ、同一 X 染色体上に 2つの異なるオプシン遺伝子が共存することになった。これによってオスも 3色型色覚を持てるようになり、それが集団全体に広まっていったと考えられる8)。狭鼻猿類であるマカクザルにも 2色型色覚の色盲個体は存在するが、その頻度はヒトよりもはるかに低いという報告もある10)。樹から下り、狩猟農耕生活を送るようになったヒトでは 3色型色覚の優位性が失われ、淘汰圧が下がったため 2色型色覚が再び増加しているのかもしれない。

*4 イヌやネコなどの動物にはヒトと違って色覚がないという言説をよく耳にするが,これははなはだ疑問である.色という概念の抽象的認識能力と色の知覚弁別能力とは分けて考える必要があるし,色を見分けさせる行動実験がうまく実施できないことは,色覚がないことの証明にはならない.錐体細胞の種類から見る限り,すべての哺乳類は赤緑色盲の人と同程度の色彩認識能力を持ちうる.錐体の吸収極大波長の差が大きい鳥類,爬虫類,両生類,魚類では,ヒトよりさらに精密な色覚を持っている可能性も高い.熱帯魚や鳥類の多彩な色彩と交尾行動の関係を考えると,彼らが交尾相手の認識に色覚を用いていないとは考えにくい.また,捕食者の眼をごまかすために発達した昆虫類の擬態や鳥類などの保護色はすべて,人間から見ても紛らわしい色彩になっている.もし捕食者である動物に色覚がないのであれば,明るさだけ同じだが色彩は似ても似つかないような擬態や保護色があってもおかしくないはずであるが,そのような例はほとんど見られない.

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細胞工学Vol.21 No.7 2002年7月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
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