ゼブラフィッシュの特徴

ゼブラフィッシュ(Danio rerio)は脊椎動物のモデル実験動物として比較的最近登場した動物で、体長5cm程度の小型熱帯魚である。この魚の原産地はインド、分類学的にはコイ目コイ科ダニオ属に属し、コイやキンギョに近い魚である。成体の体表には紺色の縦縞があることから、ゼブラダニオという名前で熱帯魚愛好家に昔から親しまれてきた(図1)。現在でも、改良種ロングフィンゼブラ(鰭が長くなったゼブラフィッシュの突然変異体)や近縁種パールダニオとともに、ペットショップで簡単に入手することができる。この魚は飼育が容易、多産(1週間に1回200個程度)、世代交代期間が短い(2-3ヶ月)という遺伝学に適した特徴を持つ。さらに、母体外で受精・発生し、その発生は早く、発生期間を通して胚が透明など実験発生学に適した特徴も備えている(図1)1、2)。 実験発生学の材料として この様な特徴を持ったゼブラフィッシュ胚は、遺伝子注入や胚操作が容易である。注目する遺伝子の機能解析には受精卵へのRNAやDNAの微量注入が行われるが、直径0.5mmのゼブラフィッシュ受精卵への注入は比較的容易である(一日に100個以上の受精卵への注入が可能である)(図2A)。適当なプロモーターと組み合わせたDNAコンストラクトを注入した個体を成体まで育てると、5から20%の魚がその遺伝子を染色体に組み込んだ生殖細胞を持ち(いわゆるgerm line chimera)、そして交配で得られた子孫の中から全細胞が外来遺伝子を持つトランスジェニック魚が得られる3)。また、ある細胞の分化能、組織の誘導能を探るためには細胞・組織の移植によるキメラ個体を用いた解析が必要になるが、ゼブラフィッシュ胚ではキメラ個体作製も極めて簡単である。初期卵割期の胚の割球はすべて卵黄細胞とつながっているために、卵黄細胞に適当なトレーサー色素を注入すればすべての割球が同時に標識される。この胚をドナーにして、標識されていない胚(宿主またはホスト)に移植する(図2B)。蛍光色素をトレーサーに使った場合は、宿主胚におけるドナー細胞の挙動を生きたまま蛍光顕微鏡下で観察できる。日本で広く使われているメダカも基本的にはゼブラフィッシュと同じ特徴を持っている。

資料:武田洋幸

実験発生学の材料として

この様な特徴を持ったゼブラフィッシュ胚は、遺伝子注入や胚操作が容易である。注目する遺伝子の機能解析には受精卵へのRNAやDNAの微量注入が行われるが、直径0.5mmのゼブラフィッシュ受精卵への注入は比較的容易である(一日に100個以上の受精卵への注入が可能である)(図2A)。適当なプロモーターと組み合わせたDNAコンストラクトを注入した個体を成体まで育てると、5から20%の魚がその遺伝子を染色体に組み込んだ生殖細胞を持ち(いわゆるgerm line chimera)、そして交配で得られた子孫の中から全細胞が外来遺伝子を持つトランスジェニック魚が得られる3)。また、ある細胞の分化能、組織の誘導能を探るためには細胞・組織の移植によるキメラ個体を用いた解析が必要になるが、ゼブラフィッシュ胚ではキメラ個体作製も極めて簡単である。初期卵割期の胚の割球はすべて卵黄細胞とつながっているために、卵黄細胞に適当なトレーサー色素を注入すればすべての割球が同時に標識される。この胚をドナーにして、標識されていない胚(宿主またはホスト)に移植する(図2B)。蛍光色素をトレーサーに使った場合は、宿主胚におけるドナー細胞の挙動を生きたまま蛍光顕微鏡下で観察できる。日本で広く使われているメダカも基本的にはゼブラフィッシュと同じ特徴を持っている。

資料:武田洋幸

発生遺伝学の新しい実験動物

このゼブラフィッシュがサイエンスの舞台に登場するきっかけは、約30年ほど前に一人の科学者がこの動物を使って研究を始めたことに遡る。当時ウイルスの研究で著名な遺伝学者G. Streisinger(オレゴン大学)は、研究対象を微生物から脊椎動物に変える目的で、遺伝学的研究が可能な脊椎動物を探していた。そして、この小さな熱帯魚と出会ったのである。彼が実験動物を選ぶ基準と考えていたのは“短い世代交代期間と多産”であり、ゼブラフィッシュはこの要求に見事に応えていた。おまけに狭いスペースで大量に飼育できる(マウスのような独特の臭いもない!)。一方、同僚のC. Kimmelはゼブラフィッシュ初期胚が実験発生学の材料としても優れていることに気づいていた。ゼブラフィッシュ初期胚は光学的に透明で、発生の全期間にわたり器官形成だけでなく細胞一つ一つを追跡できる。また、発生が極めて早く受精後24時間でほぼ器官形成が終了する。StreisingerとKimmel等は共同でγ線照射による突然変異体の単離とそれを使った実験発生学的解析を行い、徐々にその存在が遺伝学者や発生学者の間で知られていった。そして、今から約10年ほど前にゼブラフィッシュはさらに大きな転機を迎えることになる。 ショウジョウバエを使った遺伝学で著名なC. Nusslein-Wolhard(彼女はこの業績でWieschaus, Lewisとともに1996年度のノーベル医学生理学賞を受賞している)らはショウジョウバエで成功した遺伝学をヒトにより簡単に応用できる脊椎動物で行うこと考えていた。当時、発生異常を示す突然変異体を多数単離するといった試みは無脊椎動物(ショウジョウバエや線虫など)では日常的に行われていたが、脊椎動物では時間と労力がかかり過ぎるために不可能とされていた。それにもかかわらず、Nusslein-Wolhard(マックスプランク研究所、ドイツ)とW. Driever(マサチューセッツ総合病院、ボストン、アメリカ:現フライブルグ大学、ドイツ)はそれぞれ水槽数千個の規模で初期発生の異常に関する突然変異体の大規模スクリーニングに挑戦した。彼らがとったストラテジーは変異原として化学物質、ethylnitrosouera(ENU)を使ったオーソドックスな2世代スクリーニング法である。ENUは、染色体DNAの広い領域で欠損を誘発するγ線照射と違い、一つ一つの遺伝子を高頻度でヒット(塩基置換)できる。ENU処理をした雄(精子のDNAに突然変異が入っている)由来の子孫を図3Aのように交配し、3世代(F3)で表現型を調べて変異体を単離・解析する。ゼブラフィッシュ胚の発生の早さや透明さが表現型の解析には極めて有利であった。これはまさに、Nusslein-VolhardとWieschausがショウジョウバエで行ったやり方そのものである。1996年で約5年間にわたる第一段階のスクリーニングを終えて、その成果がDevelopment123巻ゼブラフィッシュ特集号(1996)の中で発表された。

資料:武田洋幸

豊富な突然変異体

1996年末までに、ボストンのグループから557個の突然変異体(相補性のテストで現在220個の遺伝子座が同定されている)が、一方チュービンゲンのグループからは1163個の突然変異体(同じく369個遺伝子座)が報告された。胚発生のあらゆる過程(原腸形成、体節形成、中軸中胚葉、神経管の前後軸・背腹軸など)で異常を示す突然変異体がそれぞれ見つかっている4、5)。もちろんこれらの変異体の中にはヒトの遺伝病のモデルになるものも含まれている。例えば、ヒトの先天的心臓疾患に相当する心臓・循環器系の変異体や、胎児性の発生異常で生じる単眼症に相当する突然変異体である(図3B)。このような初期発生で異常を示す変異体のスクリーニングは胚発生が母胎内で進行するほ乳類では不可能であり、卵性で胚が透明なゼブラフィッシュの特徴を最大限に生かした結果といえる。突然変異体は我々に有用な情報を与えてくれる。突然変異体において、異常を引き起こす原因組織や原因遺伝子を突き止めることができれば、発生や恒常性の維持に欠かすことができない機構をさらに知ることができるのである。脊椎動物の発生の基本的な機構は動物種を越えて脊椎動物間で共通であるということが、これまでの研究で示されている。従って、ゼブラフィッシュでの研究の成果は、ヒトを含めた脊椎動物の発生・遺伝の研究に直接応用できるものと思われる。

資料:武田洋幸

おわりに

カエルやニワトリと同様に胚操作が容易で、しかも多くの突然変異体が利用可能となったゼブラフィッシュは、欧米では既に多くの研究者によって利用されている。日本でも、ゼブラフィッシュを使う研究室の数は着実に増えており、いくつかの研究室では突然変異のスクリーニングも始まっている。また、多くの日本の若い研究者が現在欧米のゼブラフィッシュ研究室に留学中である。従って、日本でもゼブラフィッシュの研究者人口は今後ますます増えて、研究成果も挙がっていくものと思われる。

資料:武田洋幸

参考文献
  1. Kimmel, C. B.:Genetics and early development of zebrafish. Trends in Genet., 5, 283-288 (1989). または松岡誠、尾里健二郎訳 ゼブラフィッシュの発生と遺伝. バイオトレンド, 2, 62-68 (1990).
  2. Kimmel, C. B., Ballard, W. W., Kimmel, S. R., Ullmann, B. and Schilling, T. F.:Stages of embryonic development of the zebrafish. Dev. Dynam., 203, 123-310 (1995).
  3. 天沼喜美子、浜田康夫、武田洋幸:ゼブラフィッシュにおける外来遺伝子導入系。蛋白質核酸酵素 40巻 pp. 2257-2264、(1995).
  4. Holder, N. and McMahon, A.:Genes from zebrafish screens. Nature, 384, 515-516 (1996).
  5. Felsenfeld, A. L.:Defining the boundaries of zebrafish developmetnal genetics. Nature genet., 14, 258-263 (1996).

資料:武田洋幸

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