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マウス 〜 リバースジェネティクス(逆遺伝学)

リバースジェネティクスにノーベル賞

 リバースジェネティクス(逆遺伝学)とは、特定の遺伝子を選択的に欠失・破壊することによって、その遺伝子の機能を解析すること。従来の遺伝学(フォワードジェネティクスとも言う、別項参照)と全く逆の手順を踏んでいることからそう呼ばれます。マウスにおけるリバースジェネティクスは、遺伝的な操作を施した胚性幹細胞(ES細胞)からマウス個体を作成する画期的な技術の確立によって現実のものとなりました。一連の技術開発に携わった3人の科学者はその功績が認められ、2007年にノーベル生理学医学賞を受賞しました。まずMartin J. Evans(英国)が哺乳類で初めてとなるマウスのES細胞を作り出し、さらにMario R. Capecchi(米国)とOliver Smithies(英国)が相同組み換えを利用して染色体上の特定遺伝子を別の遺伝子で置き換える手法を開発し、遺伝子改変マウスを作成したのです。この手法は、現在の生命科学にとって欠かせないものとなっています。

ノックアウト(標的遺伝子破壊)マウスとは?

 上記の方法で人為的に標的とする遺伝子を破壊した変異マウスのことをこうよびます。特定の遺伝子の破壊によって個体に生じる様々な現象を介して、その遺伝子の機能を明らかにすることができるのです。また作成されたノックアウトマウスは、ヒト疾患モデル動物としても各方面から注目を集めています。ここでは、一般的なノックアウトマウス作成技術の概要を述べます。

ノックアウトマウスの作成法

1.ターゲティング(標的遺伝子破壊)ベクターを構築する
標的となる遺伝子座で組み換えを起こすための相同領域を、組み換えが起きた細胞を選別するための選択マーカー遺伝子(G418耐性遺伝子やハイグロマイシン耐性遺伝子など)の両端に組み込んだターゲティングベクターを作成します。

2.相同組み換えES細胞を得る
構築したターゲティングベクターをエレクトロポレーション法等によってES細胞へ導入します。ある確率で相同組み換えが起こり、標的とする遺伝子が選択マーカー遺伝子に置き換わります。このマーカー遺伝子の薬剤耐性を指標に、組み換えを起こしたコロニーを選別します。実際に組み換えが起こったことをサザンブロット法などで確認します。

3.ES細胞からキメラ個体を作る
相同組み換えES細胞を、ホスト(宿主)となるマウスの胚盤胞(発生初期の胚)の腔内に顕微操作で注入、または8細砲期胚と共培養して集合させ、ホスト胚の細胞とES細胞の2つの胚から由来する細胞で成り立つ(キメラと呼びます)胚盤胞を得ます。これを仮親となる雌マウスの子宮に移植し、産仔においてキメラ個体が得られます。ES細胞確立の際の胚とホスト胚とで異なる体毛色の系統を使用すると、キメラ個体か否かを得られた個体の体毛色で判別できるのです。

4.ノックアウト個体を産生する
得られたキメラマウスを正常マウスと交配して、ヘテロ接合体の個体を産生します(ジャームライントランスミッションと呼びます)。相同組み換えES細胞由来の遺伝形質を持つ個体であるかどうかを確認します。ヘテロ接合体同士を掛け合わせて、ホモ接合体の遺伝子ノックアウトマウスが得られます。

図1 ノックアウトマウス作成の流れ

図1 ノックアウトマウス作成の流れ

ノックアウトマウスの実例

 遺伝研発生工学研究室では、上述した手法で多くのノックアウトマウスを作出し、発生遺伝学的解析を行っています。以下にその例を挙げます。

図2  Mesp2遺伝子ノックアウトマウス

このマウス(右)の骨格標本を見ると、脊柱骨の形成に異常が認められます(左は野生型マウス)。脊椎動物の脊椎骨、筋肉、血管、神経は整然とした繰り返し構造を持っていますが、こうした構造は発生の過程で一過的に一定の間隔で形成される体節とよばれる構造が基盤になっています。このマウスの解析でMesp2遺伝子が体節形成に重要な役割を果たすことが明らかになりました。体節形成の異常はヒトの脊椎骨形成不全、脊椎骨、肋骨の癒合など遺伝病の原因となっており、今後このような病気に対する治療法の確立などに役立つことが期待されます。

図2 Mesp2遺伝子ノックアウトマウス

図3 Hesr2遺伝子のノックアウトマウス
このノックアウトマウスには生育遅延が見られ(小さい方の新生仔)、心臓が拡大します(下右)。心臓弁の形成異常によって血行動態の異常が引き起こされるのです。ヒトの生後1年の間の死因のトップは先天性心疾患であり、成人においても心臓疾患はガンに次ぐ死亡原因です。今後このような心疾患に対する治療法の確立などに役立つことが期待されます。

図3 Hesr2遺伝子のノックアウトマウス

(文責:小久保博樹、相賀裕美子)