遺伝学の歴史

おわりに

 遺伝の現象は、古くより知られているが、それがメンデルの法則およびその再発見によって近代科学として発展する遺伝学の扉を開いた。その後メンデルの法則に合わない現象数も多く見いだされ、それらの多くはメンデルの法則の変形したものである。メンデルの優劣の法則に合わない現象として、雑種第一代で両親の中間型が現れるものがある。

  また、メンデルの独立の法則に合わない現象として遺伝子の連鎖があり、これは二つ以上の遺伝子が同じ染色体に存在するために起る現象で、メンデルの法則にはこのような形質が使用されていない。

  同じ染色体上に二つ以上の遺伝子が存在すると、これらはお互いに連鎖して一緒に子孫に伝わるが、2本の相同染色体の間に時により組換えが起ると遺伝子の乗換え現象が起る。この遺伝子の乗換えの頻度を利用して、遺伝子間の相対的距離が推定され、これをもとに染色体地図が作成された。

  大腸菌など細菌にも雌雄の性が発見され、接合による染色体組換えが起ることがわかり、細菌やバクテリオファージなどの微生物を用いた遺伝学が発展した。微生物の遺伝学では遺伝子による形質転換や形質導入が見いだされ、その後、分子遺伝学の発展に中心的な役割を果した。

  高等動植物を含む真核生物の遺伝子は、細胞の核の中にある染色体の上に一定の配列順序で存在し、染色体はその長さ、形、数など生物の種によって一定である。この染色体に含まれる遺伝子の本体がDNAである。DNAの二重らせん構造を明らかにしたのはWatson とCrick (1953) であるが、とくにDNAを構成する4種の塩基の配列順序が遺伝情報として重要なものである。このDNAの二重らせん構造モデルは、その後の遺伝学の分子レベルでの発展の基礎となり、DNAの複製やmRNAを経てタンパク質合成の道筋が明らかにされた。

  遺伝子は比較的安定なもので、生殖細胞を通じて子孫に伝えられるが、時には突然変異が生じて染色体やDNAレベルでの変化が起る。また、遺伝子が独自に染色体を離脱して、他の染色体に移動するトランスポゾンなども見いだされ、これが突然変異や挿入された染色体上の他の遺伝子の発現にも影響を与えることが明らかになった。また、遺伝子は生物のあらゆる形質を支配するが、生物の発生においても生物の体制や構造を支配する遺伝子としてホメオティック遺伝子が見いだされた。

  本章ではこのような遺伝学の大きな流れについて述べた。

「基礎遺伝学」(黒田行昭著;近代遺伝学の流れ)裳華房(1995)より転載