遺伝学の歴史

微生物の遺伝学 〜 DNAからのタンパク質合成

 DNA分子の4種類の塩基の配列順序が遺伝情報といわれるもので、二重鎖の中の一本 (これをマスター鎖という) が鋳型となって、その塩基の配列に対応した塩基配列 (Aに対してウラシル[U]、Tに対してA、Cに対してG、Gに対してC) をもった伝令RNA (メッセンジャーRNA、messenger RNA、mRNA) が合成される。これをDNAの遺伝情報の転写 (transcription) という (図1・15)。

 RNAの分子はDNAと同じように4種類の塩基と五炭糖、リン酸とからなる。しかし、DNAと異なるのは、塩基の中のT (チミン) の代わりにU (ウラシル) が使用され、また五炭糖はDNAのデオキシリボースの代りにリボースが使われていることとDNAは二重鎖であったが、RNAは一本鎖であることである。

  DNAから mRNAが転写されるとき、RNA合成酵素 (RNAポリメラーゼ) IIが、鋳型になる DNAの特異的な塩基配列 (約50塩基対) を読みとってそこに結合し、転写を開始し、しだいにDNAの遺伝情報を読み取ってRNA鎖を伸長させる。ここまでの過程は、細胞の核の中で起る現象である。
このようにしてできたmRNAは核膜の孔を通って細胞質に移動し、細胞質中のリボソーム (ribosome) に結合し、これを足場として、一方の端から、三つずつの塩基配列 (これをトリプレット[triplet]、またはコドン[codon]という) に対応した相補的な三つの塩基 (これをアンチコドン[anticodon]という) をもつ転移RNA (トランスファーRNA、[transferRNA、tRNA] ) が、それぞれ固有のアミノ酸を運んでくる。

  このtRNAはクローバの葉の形をした約80個のヌクレオチドからなる分子(分子量約25000) で一方の端にはmRNAのコドン対するアンチコドンの三つの塩基があり、他方の端にはそれぞれのアンチコドンに特有なアミノ酸をアミノアシル合成酵素の働きにより結合している。

  mRNAの三つずつの塩基を読みとって運ばれてきたtRNAはmRNAと結合し、他端のアミノ酸が隣接のtRNAのアミノ酸と結合して、tRNAより離れ、アミノ酸のみのペプチドを作る。これはしだいに伸長してタンパク質となる。このmRNAの遺伝情報にもとづいて、特有なアミノ酸配列をもつタンパク質が合成される過程を翻訳 (translation) という。

  微生物からヒトにいたるあらゆる生物で起るDNAからタンパク質合成の道筋はほとんど上記のような基本的な原理にもとづいて行われ、DNA中に塩基配列としてたくわえられた遺伝情報が転写の過程を経てmRNAに移され、さらに翻訳の過程を経て正確に一定のアミノ酸順序をもつタンパク質の合成が行われることになる。このDNAからタンパク質合成までの過程をセントラルドグマ (central dogma) と呼ぶ。

「基礎遺伝学」(黒田行昭著;近代遺伝学の流れ)裳華房(1995)より転載