はじめに

カエルの子はカエル、ヒトの子はヒト。この親から引き継がれる形質は細胞の核の中に含まれる遺伝情報(ゲノム)によって決定されます。ゲノムはひも状のDNA(デオキシリボ核酸、DNAの章を参照)と呼ばれる物質に書き込まれており、DNAは細胞分裂に先立って複製(コピー)され、2つの娘細胞に分配されます(DNA複製の章参照)。そのためDNAは基本的に変化せず、すべての細胞に安定に保持されています。しかし例外的にDNAが切られて繋ぎ換えられることがあります。この現象はDNAの組換え(DNA recombination)と呼ばれており主に2つの種類があります。1つは配偶子(卵や精子)を作る減数分裂時に見られる遺伝的組換え、もう一つはDNAの傷や切断を治すための修復組換えです。また少し特殊な例としては、生物の環境適応時に起こる特定遺伝子の増加(遺伝子増幅)や、多種多様な抗体を作り出すための抗体遺伝子の改変にも組換えが働いています。

しかし先に述べたようにDNAはゲノムを担う地球上で最も重要な物質でありその繋ぎ換えには慎重を期す必要があります。無秩序な組換えは癌や細胞死と言った異常を引き起こすことが知られています。このような異常を防ぐメカニズムとしてDNAの組換えは同じ配列間で起こります(相同組換え)。つまり組換わる相手は決まっており、組換えにより遺伝子が壊れたり、別の遺伝子と繋がったりする事は通常は起こりません。

この章ではゲノムの維持、そして生物の多様性にとって非常に重要であるDNAを繋ぎ換えるメカニズムについて紹介します。

文責:小林 武彦

減数分裂時に起こる遺伝的組換え機構

減数分裂とは配偶子(卵や精子など)を作る時の細胞分裂の事です。この時に起こる組換えは相同染色体の対合時に起こります。図1に示すように、一方の染色分体のDNA鎖が切断酵素により切られ、もう一方の染色分体の相同な配列に入り込み、そこでDNA鎖の乗り換え(繋ぎ換え)を起こして染色体の一部が入れ替わります。この組換えにより、同一染色体に乗っている遺伝子の組み合わせが変化し、より多くの種類の配偶子を作り出すことが可能になります。その結果として子孫の遺伝的な多様性を増す働きがあります。

図1:減数分裂時の遺伝的組換え機構

減数分裂時の遺伝的組換え機構

通常、染色体は同じものがそれぞれ2本ずつセットで存在します。このセットの事を相同染色体と呼びます。ヒト(女性)の場合46本23対の相同染色体が存在します(ヒトの男性の場合には性染色体がXYとなり相同ではないので相同染色体は22対ということになります)。ここでは説明を簡単にするために1対の相同染色体のみ書いてあります。

始原生殖細胞とは配偶子(卵や精子)の元となる細胞です。まずDNAが複製されて染色体が倍加し2本の姉妹染色分体となり(2)、さらにこれらが対合して4本の2価染色分体となります(3)。この時に一方の染色分体に切断が起こり、その切断片がもう一方の染色分体の相同配列に入り込み組換えを起こし、染色分体が乗り換えます(5)。このようにして新しい組み合わせの染色体を持つ配偶子(bとc)が作られます。

原図、文責:小林 武彦

ゲノムを安定に維持するための修復組換え機構

DNAは内的、外的刺激により絶えず傷つけられています。その傷が放置されるとゲノムが壊れて、癌や細胞死と言った異常が引き起こされます。このようなDNAの傷の修復にもDNAの組換えが中心的な役割を担っています。例えばDNAは長いひも状をしており途中で切れてしまうことがあります。この切断はDNA複製時に頻繁に観察されます。その理由は複製フォークがDNAの傷や異常な構造に出会うとそこで停止し、複製途中の1本鎖DNA部分が切れてしまうためと考えられています。切れたDNAは減数分裂時の組換えとほぼ同様の反応により(ただしこの場合には組換えの相手が相同染色体ではなく姉妹染色分体ですが)切れた断片を相同配列に入り込ませて複製を再開します(図2)。

図2:組換えによるDNA修復機構

組換えによるDNA修復機構

複製フォークの進行は紫外線による塩基の修飾やDNAの高次構造等の障害により阻害され、そこでDNAの切断が起こることがあります。そのような切断されたDNAは組換えにより修復されます。
フォークの進行阻害により切れたDNA末端は(3)組換え酵素の働きによりそれと相同な姉妹染色分体と組換えを起こし(5)、複製フォークを再構成しを複製を再スタートします(6)。赤と黒の線はDNAの複製前の2本鎖DNA、オレンジと灰色は新規に合成された新生鎖DNA、点線は組換え時に合成されたDNAをそれぞれ示しています。

原図、文責:小林 武彦

遺伝子の数を増やすための遺伝子増幅組換え機構

遺伝子の増幅とは、ある特定の遺伝子の数が増える現象で、その遺伝子産物が多量に必要な時に観察される環境適応反応の一つです。例えば害虫に対して徐々に殺虫剤が効かなくなる、あるいは癌細胞に対して制癌剤の効果が徐々に低下するのは、それらの細胞内で薬剤(この場合には殺虫剤と制癌剤)に対する耐性遺伝子が増幅して、薬剤の効果が打ち消され、細胞が耐性になってしまったためです。またリボソームRNA遺伝子など、通常の生育に多量の産物が必要な遺伝子も増幅によりその数が増えています。この遺伝子増幅反応も組換えを利用しています。ここでは増幅の機構が最もよく研究されているリボソームRNA遺伝子(rDNA)の例を紹介します。この遺伝子の場合には、遺伝子のすぐ後ろに複製を阻害し組換えを誘導する配列があります。ただし通常の修復組換えと違うところは、阻害点で切断された末端がずれて(後戻りして)隣の相同領域と組換えて修復される点です。そのため一度複製された遺伝子が再度複製されることになり、コピー数が増加するわけです。

また遺伝子の増幅はその産物量を増やすだけでなく、余分なコピーを染色体上に持たせることで、新しい遺伝子を創り出す原動力ともなってきました。つまり生物が単純な構造からより複雑な構造へと進化過程で、様々な新しい遺伝子登場してきましたが、その多くが遺伝子増幅により増えたコピーが変化して創られたと考えられています(進化、遺伝子重複の章参照)。

原図、文責:小林 武彦

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