遺伝学とは

ゲノムインプリンティング 〜父親母親由来ゲノムの役割分担

哺乳類の単為発生は致死である -父親・母親由来ゲノムの役割分担-

 卵が受精することなしに単独に発生することを単為発生(parthenogenesis)とよぶ。自然界では鳥や爬虫類を含む多くの脊椎動物で単為発生がみられ、形態的にも機能的にも正常な個体を作りうるが、哺乳類においてはその例がない。たとえばマウスの未受精卵を人為的に刺激し、細胞分裂阻害剤で第二極体の分離を阻害して二倍体の単為発生胚をつくることができるが、これはすべて妊娠中期までに死亡してしまう(図1)。これはマウスの正常発生に精子(父親)由来ゲノムが必須であることを示唆している。

 マウスの父親・母親由来ゲノムが機能的に不等価であることは、受精卵の核移植(nuclear transfer)の実験でさらに詳しく明らかにされた。すなわち受精卵では精子、卵子由来の核がそれぞれ雄性前核、雌性前核として観察されるが、微細なガラス針を使って一方の前 核を除去し、別の受精卵から採取した前核を移植することができる(図1)。このような再構成実験の結果、二倍体の雄核発生(andorogenesis)や雌核発生(gynogenesis)の胚もやはり子宮内致死であった。これから、両親由来ゲノムには何らかの違いが刷り込まれていると考えられる。

 これらの胚の形態を観察すると、母親由来ゲノムだけを持つ単為発生胚と雌核発生胚は、胚体の発達は比較的よい(ただしサイズは小さい)が胎盤の栄養膜の発達が非常に悪い(図1)。逆に父親由来ゲノムだけを持つ雄核発生では、栄養膜はよく発達するのに対し胚体は貧弱なものしか観察されない(図1)。よって父親・母親由来ゲノムには対極的な働きがあり、父親由来ゲノムは栄養膜の発達に、母親由来ゲノムは胚体の発達に必須である。

 ヒトの雄核発生は異常妊娠産物である胞状奇胎(hydatidiform mole)を生じるが、これは栄養膜が異常増殖した絨毛の変性塊であり、マウスの表現型と矛盾しない。また卵巣で未受精卵が単為発生すると奇形腫(teratoma)を生じ、さまざまな分化した組織像を呈する。よって哺乳類では両親由来ゲノムの役割が種をこえて保存されている。

 単為発生胚や雄核発生胚に由来する細胞を正常胚細胞と混合しキメラ(chimera)胚を作成すると、正常細胞がこれらの細胞の欠陥をある程度補償するので、さらに詳しく分化能がわかる。その結果、(1)単為発生細胞を含むキメラは正常胚より30〜50%程度小さく、雄核発生細胞を含むキメラは同程度大きい、(2)単為発生細胞は生殖細胞、脳、心、腎、脾などで高い寄与率を示すが、骨格筋、肝、膵には分化できない、(3)雄核発生細胞は骨格筋、心、骨などに寄与するが脳での寄与率は低い、などがわかった。このように父親・母親由来のゲノムは胚の成長や各細胞系列の分化・増殖を調節している。

図1

佐々木裕之:「現代医学の基礎第5巻,生殖と発生」(岩波書店)第9章より引用