遺伝学とは

遺伝子の進化について 〜 1.遺伝子の進化とは〜ABO式血液型を中心に〜

ABO遺伝子とGAL遺伝子

 突然変異のひとつに「遺伝子重複」があるが、重複したあとの2個の遺伝子コピーがどうなるかを考えてみよう。これらのコピーはそれぞれ独立に塩基置換などの突然変異を蓄積してゆくが、その中には、遺伝子の機能を決定的に損ねてしまうので、普通なら残ることができないものもあるはずである。遺伝子重複が生じる前なら、このような突然変異は著しく生存に不利なので、すぐ消えてしまう。しかし、今やふたつの遺伝子があるので、ひとつにガタがきてももうひとつの遺伝子がしっかりしている限り、そのような突然変異を持った生物個体は大丈夫である。そのため、どちらか片方の遺伝子コピーはその機能を失ってしまうことがあると予想できる。このような遺伝子を、働きを保っている「機能遺伝子」に対して「偽遺伝子」と呼ぶ。偽遺伝子はタンパク質を作り出すことがうまくできないので、その意味では死んでいるが、遺伝子DNAそのものは、ゲノムの中にとどまって親から子へと伝えられてゆく。

  偽遺伝子の進化速度が速いことは、中立説から予言されることである(中立説について詳しくは、提唱者の木村資生氏が著した岩波新書「生物進化を考える」を参照されたい)。偽遺伝子がまったく機能を持たないとすれば、そこに生じる突然変異はどのようなものでも生き残ってゆくことができる。まともなタンパク質を作れなくなる強烈な突然変異をくらって死んだ状態になってしまったのだから、そのあとはどのような突然変異を繰り返し受けても、生物個体は平気である。すると、今まで自然淘汰によってすぐ消えていってしまった突然変異も、偽遺伝子では蓄積されることが可能になったので、その分だけ進化速度が大きくなるはずである。実際にそうであることが、現在までに多数の偽遺伝子と機能遺伝子の比較から証明されている。

  細胞表面には多数の糖鎖が突き出ている。これらの糖鎖を生み出す糖転移酵素のひとつであるアルファ1・3ガラクトース転位酵素(以下GALと略称)は、脊椎動物が誕生した前後に、遺伝子重複によってABO式血液型遺伝子と分岐しただろうと私たちは推測している。なお、ヒトゲノム中では、どちらの遺伝子も第9番染色体長腕の9q34という番地に位置しており、直列型の遺伝子重複で生じたのは明らかである。

  図3はこれら2種類の遺伝子の系統樹である。ヒトゲノムの中にはABO式血液型遺伝子の偽遺伝子が存在することを、山本文一郎氏らが発見したが、この系統樹によると、この偽遺伝子が遺伝子重複を起こして誕生したのは、哺乳類の共通祖先がいた1億年前ごろまで遡るようである。なぜなら、この偽遺伝子が分岐したあとにマウスのABO式血液型遺伝子が枝分かれしているからだ。

ABO式血液型遺伝子とGAL遺伝子の系統樹

資料:斎藤成也