遺伝学とは

遺伝子の進化について 〜 1.遺伝子の進化とは〜ABO式血液型を中心に〜

霊長類のABO遺伝子

 ヒト以外の霊長類でもABO式血液型は存在するが、不思議な分布をしている。チンパンジーではA型とO型しかなく、逆にゴリラにはB型だけである。オランウータンや旧世界猿では、A対立遺伝子とB対立遺伝子のどちらもみつかっている。このため、ABO式血液型遺伝子座では、霊長類の進化のかなり古い時代からA・B対立遺伝子が共存してきたのではないかという仮説があった。

  この仮説が正しいかどうかは、DNAを調べれば決着するはずである。そこで山本文一郎氏らとドイツの研究グループがあいついで霊長類におけるABO遺伝子座の塩基配列を決定した。図2は、それらの配列データをもとにして作成した遺伝子の系統樹であり、私と山本文一郎氏が共同で発表したものをもとにしてある。この図から、ヒト、ゴリラ、ヒヒで見つかったB型対立遺伝子は、それぞれ独立にA型対立遺伝子から生じたことが予想される(図の点線)。つまり、ヒト、類人猿、旧世界猿の共通祖先では、ABO式血液型の共通祖先遺伝子は、A対立遺伝子タイプであったと考えられる。もっとも、まだ配列はわかっていないものの、オランウータンにもB型が存在するし、ニホンザルも大部分の個体はB型である。このようにあちこちの種でA型とB型が存在していると、祖先型がA型かB型かははっきりしなくなる。

ヒトを含む霊長類のABO式血液型遺伝子の系統樹

 ABO式血液型の遺伝子は、通常の遺伝子がしたがっている進化パターンにはあてはまらないようである。第一に、糖転移酵素の働きがなくなっているのにもかかわらず、O対立遺伝子の頻度がかなり高い。重要な物質交代を担っている酵素遺伝子の場合、酵素の働きがなくなってしまう突然変異が生じると、普通はその個体の生存にきわめて不利なので、子孫を残しにくくなるはずである。したがって、ABO式血液型に関与する糖転移酵素は、人間がとりあえず生きてゆくのには絶対必要であるわけではない。ところが私たちの推定によると、後述するように、ABO式血液型の遺伝子は脊椎動物が出現した5億年以上前ごろから、延々と生き残ってきたのである。このことから、弱いながらもこの遺伝子にはなんらかの存在意義があると考えられる。このように、絶対に必要というわけではないが、あったら少しは役に立つという遺伝子が、ヒトゲノム中にはたくさんあると筆者は考えている。

 また、A型とB型の対立遺伝子の共存が霊長類のあちこちの種でみられることも不思議である。この遺伝子がなぜこのような変異パターンを示すのか、まだよくわかっていないが、バクテリアやウイルスなどの感染を防ぐのに、ある程度の効果があるのではないかと考えられている。実際、胃潰瘍や胃癌の原因のひとつであるヘリコバクター=ピロリというバクテリアは、胃壁にもぐりこむ際に、ABO式血液型物質の前駆体であるH型物質を足場にしている。するとH型物質しか持っていないO型の人間は、胃潰瘍などになりやすいため、多少は生存に不利となるだろう。同様のことが、A型やB型の糖抗原と別のバクテリアの組み合わせについても成り立つかもしれない。しかし、まだこれらは仮説にすぎず、将来の検証が待たれるところである。

資料:斎藤成也