遺伝学とは

DNA人類進化学 〜 2.古代人のDNAをさぐる

遺伝子分析技術の大革命−PCR法

 一九八六年、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法という画期的な方法が開発された。この方法は目標とする特定のDNA領域を短時間で一〇万倍以上に増幅することができ、人類進化の研究にも大きな転機をもたらした発明である。以下少し難しいかもしれないが、その原理を説明しておこう。

  DNAは四種類の塩基(A、G、C、T)が連なった長大な二本鎖からなる分子で、必ず一方の鎖のAと他方の鎖のT、また一方のGと他方のCが対合している。こうした性質があるため、生体内で一個の細胞が分裂して二個になるとき、元のDNAを鋳型にしてコピーをつくることができる(DNAの複製)。こうして複製されてできた二つのDNAが二個の細胞に分配されるのである。このDNAの複製時には、鋳型のコピーを作るのにDNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)を必要とする。

  従来の組換えDNA技術では、大腸菌の力を借りて人工的にDNAの複製を行い、必要なDNAを増やしてきた。この方法では複雑な操作を繰り返して、目的のDNA領域を回収するのに数日を必要とした。PCR法は、この複製過程を試験管内のみで、二〜三時間で行うことができるという方法である(図6)。


ポリメラーゼ連鎖反応(PCR法の原理

 DNAは高温(摂氏九四度)にすると二本の鎖がほどけて一本ずつばらばらになり、徐々に温度を下げると元通りの二本鎖に復元する性質がある。二本鎖がほどけたときに大量のプライマー(目的とするDNA領域の両末端の二〇塩基ほどと同じ塩基配列をもつ一本鎖DNA分子の一組)を入れると、それぞれの鎖上の相補的な配列の部位に優先的に結合する(アニーリングという)。そこにDNAポリメラーゼと四種類の塩基があると、プライマーが結合した部分を起点としてそれぞれの鎖を合成していく。高温の温泉などに生息するバクテリアには、七二度が至適温度のDNAポリメラーゼをもっている種類がいて、このバクテリアのDNAポリメラーゼを用いることにより、温度の上下(九四度→四五度→七二度→九四度)のサイクルを繰り返すだけでDNA合成の連鎖反応が起こり、試験管内で短時間にヒトのDNAを増やすことが可能となったのである。

宝来聰著「DNA人類進化学」(岩波科学ライブラリー52)より引用