文部科学省科学研究費補助金『特定領域研究』/染色体サイクルの制御ネットワ−ク
染色体サイクル
INDEX 公募研究の紹介 特別寄稿 リレーエッセイ 学会シンポジウム 第2回班会議 染サイカルチャースクール
代表者あいさつ
領域代表者からのメッセージ
領域代表 東京都臨床医学総合研究所 プロジェクトリーダー 正井久雄
 さる9月13-15日に唐津で第二回領域会議が開催された。今回は、公募班員の方々に初めて参加していただき全員に発表をしていただいた。のべ49人の発表を正味二日で行うという超ハードスケジュールであったが、食事と周りの環境の良さで皆持ちこたえて、夜も毎日遅くまで懇親会が続いていた。改めてすばらしい班会議のセッティングをしてくださった九州大学の、片山さん、釣本さん、石野さん、西谷さんに心から御礼を申し上げる。また、会議中スライド、マイク係などを担当してくださった学生さんたちにも感謝したい。あれだけ多くの演題があったのにもかかわらず、ほとんどコンピューターの問題がなかったという事実は、裏方さんがどれだけ効率よくサポートしてくれたかを示している。また、お忙しい中、参加していただき貴重なコメントをいただいた評価委員の柴田先生、佐谷先生、そして、特別参加してくださった西本先生にも心から御礼を申し上げる。

 記念すべき第二回班会議であったが、最初から悲しい報告をしなければならなかった。本特定領域の公募班員であった川崎泰生博士が9月1日に亡くなられた。川崎さんは、京都大学ウィルス研でFプラスミドの複製の仕事を行った後、酵母の複製の研究をされてきた。最近は、酵母のpreRC形成を精製タンパクから再構成することに成功し、この系を用いてこれまで多くの研究者がトライしたが困難であった、ori依存的なin vitro複製系の開発に取り組んでいた。まさにこれから研究が大きく花開こうとしているときに、川崎さんを失ったことは、本特定領域としての損失のみでなく、日本の分子生物学の将来を背負う研究者のひとりを失ったという意味で多大な損失である。会議などで隣にすわるといつも、真摯に、熱っぽく実験の結果をdiscussionしていた川崎さんの姿が忘れられない。残されたご家族の悲しみを思うと、言葉もみつからないが、今は、御冥福を祈るのみである。

 川崎さんの死に関しては、すでに新聞などで報道されているように、data捏造による、論文の取り下げとの関連が取りざたされているが、これについては現時点で因果関係は全く不明であるので、ここではこれ以上言及しない。捏造に関与したといわれる杉野明雄教授は、故岡崎令治博士とともに、岡崎断片の発見の実験に関与し、その後、Nalidxic酸の標的としてのDNA gyraseの発見、DNAポリメラーゼεの発見など真核細胞の複製開始と伸長とその制御について数々の発見を行い、世界の複製研究のトップサイエンティストの一人として尊敬されてきた。1991年に帰国後は、日本のDNA複製研究を牽引してきたリーダーであり、若手研究者による日本発の複製研究の支援に力を注がれてきた。私も含めて本特定領域研究のメンバーの多くが、直接間接に杉野先生の励ましを受けてこれまで研究を進めてきた。このように尊敬すべき杉野先生がそのような捏造を行ったということは、にわかには信じがたいことであったが、大阪大学の調査結果で、たしかにdataの操作があったと結論された。いろいろな事情があったにせよ、この行為は、科学者に期待される真義に根本から反するのみならず、長年にわたって共に研究をすすめてきた人達の努力を水泡に帰すことに他ならず、許されるものではない。杉野先生には、是非ご自分の口で真実を話していただきたい。それが、今杉野先生にできる最良のことではないかと思う。

 私たちはこの事件から何を学ぶべきであろうか?まず、責任著者は、投稿前に、すべての共著者に論文について正確な情報を伝える義務があることはいうまでもない。技術が高度になり、多様な研究を遂行するためには、共同研究が必要となる。本特定領域研究においても、染色体動態の連係を解明するために今後多くの研究者が研究室の枠を超えた共同研究に従事することになるであろう。この時に、共同で研究を行っているものすべてが、論文のdataについてきちんと理解し、発表するdataに責任をもつことが必要である。一人の独断でdataを採用し、発表するということはあってはならない。これは簡単なようで意外に難しいことである。自分が責任著者ではない論文は、相手に任せっきりということになりがちである。共同研究では、必ず定期的に情報交換を行い研究の進行状況、論文の進行状況について双方が把握することが必要である。

 ここ数年、data捏造、不正の事件の報道があとをたたない。本当に、昔より捏造が増えているのか、それが表沙汰になることが増加しただけなのかはわからない。しかし、最近、生命科学の研究分野の技術レベルが上昇し、論文をpublishするためのハードルがきわめて高くなっていることはおそらく誰もが感じていることであろう。以前なら論文発表できた「堅実な」仕事が、通常の専門誌に発表することもむつかしくなっている。さらに、研究費獲得のためには、よりprestigiousな雑誌に論文を発表しなければならないというプレッシャーがある。御三家あるいはCNSと呼ばれる雑誌に発表することが、大学院生もふくめて研究者の究極の目標のようになっている。どんな目標でも目標を設定してそれに向かって努力することは悪いことではないが、私が大学院生やポストドクの頃を振り返ってみると、どこの雑誌に出そうかなどということを深く悩んだ記憶はほとんどない。先生にいわれるままに、投稿し、どんなjournalでも発表できれば十分満足していたものである。純粋に何か面白い結果をだしたいという気持ちしかなかったと思う。ポストドクも終わりの頃、一度ちょっと自信作があったので初めてCellに送ったことがあったが、送った2日後に戻ってきた。まあこんなものかと思い、いつものように専門誌に送り直した記憶がある。

 今の自分を考えると、このように純粋であった時代が懐かしいが、一度初心に戻って、純粋に実験することが楽しくてしょうがなかった、シンチレーションカウンターの前で取り込みがあるかないかで一喜一憂していたあの時代の自分を取り戻してみたいと思う。おそらく、皆さんのだれもがそういう時代を思い起こされると思う(まさに今がそういう時代だという人もいるでしょう)。そのような純粋な気持ちに「捏造」などということは、全く無関係であることは自明である。
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代表者あいさつ 編集後記 ©2007  染色体サイクル