色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション
 
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第3回 すべての人に見やすくするためには、どのように配慮すればよいか

3.3 色盲の人の側が対応するのに必要なコストと色覚バリアフリー化に必要なコスト

色盲は社会の少数派とはいえ、日本だけでも 300万人以上、世界では 2億人近い膨大な人々に見られる特性である。この特性を“正常”なものに変えるには膨大なコストがかかり倫理的にも問題がある遺伝子治療が必要で、メガネなど低コストの方法では本質的な効果は得られない*14。また高齢化社会の急速な進展に伴い、各種の後天色盲もますます増える傾向にある。他にも重要な医療課題が山積している今日、色盲の人の色の見え方を多数派の見え方に対応させるために多大な医療資源を投入することは、優先順位から見て得策ではない。

一方これら色盲の人が感じる不都合は、3色型色覚の人に区別できる色のうちの一部がうまく区別できないという点と、色の名前がわかりにくいという点だけである。ほとんどの哺乳類が2色型色覚であることからもわかるとおり、自然の中で我々が生きていくに当たっては、色盲であることはハンディキャップにはならない。ましてや人類が狩猟採集生活を脱し、ほとんどの食品をスーパーなどで購入するようになった現代社会では、自然界の色が見分けられないことで色盲の人が本当に困るような状況は非常に少ない。実際のところ色盲の人が感じる不都合の大半は、表示や掲示、本や雑誌やホームページなど、他の人が作った人工物の色がうまく見分けられないことに起因する。自然に存在する色は人間が変えることはできないが、人間が人為的に決めた色遣いは、より見分けやすいように自由に変えることができる。しかもそのためには、図版や掲示物を作成する際に配色やデザインにわずかな配慮をするだけでよく、それに必要な社会的コストはゼロに近い*15

中でも科学者や教師のように、論文や学会発表や授業で自分が伝えるメッセージを相手にきちんと理解してもらうことが死活的に重要な職業においては、読者や聴衆や生徒の中に確実に存在する色盲の人たちにわかりやすいよう配慮をすることは特に大切である*16。では実際にどのような点に配慮すれば、色盲の人にも色盲でない人にも、色覚の特性に関わらずわかりやすいバリアフリーなプレゼンテーションにすることができるのだろうか? 次節からは、(1)「顕微鏡写真などの画像」、(2)「グラフなどの図版」、(3)「スライドやポスター、ホームページ」、(4)「学会発表や講義、授業」の順に、配慮が期待されるポイントを説明していきたい。

*14 コンピューターを使って色の差を増幅する機械や色名を知らせる機械は一定の効果を示すが、手軽にリアルタイムで使えるとは言いがたい。プレゼンテーションやコミュニケーションに色を用いるのは、伝えたい内容を瞬間的に把握しやすくするためなのだから、学会の口演やポスター発表にいちいち機械を持ち歩き、時間をかけて色を測定しなくてはならないのでは本末転倒になってしまう。
* 15 案内や掲示物を新たに貼り替えるのにはコストがかかるが、定期的なリニューアルの際に対応するのであれば余計なコストはかからない。
*16 論文のレフェリーをつとめる学界の権威に対して色盲の治療を要求するよりも、色盲の人にも見やすいよう配慮した論文を投稿するほうがはるかに楽であろう。

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細胞工学Vol.21 No.9 2002年9月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
・文章に関しては、秀潤社と著者に著作権がございます。

「色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション」
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