第23回 染色体の「眼」に、仕上げのひと筆

染色体の「眼」に、仕上げのひと筆──セントロメア形成のスイッチとなるヒストン修飾を発見

今回の研究成果が、掲載誌の表紙になったそうですね。

Developmental Cell Volume 29

この論文をひとことで表すと「画竜点睛」という故事成語がぴったりだったので、プロに依頼して絵を仕上げてもらったところ、掲載誌(Developmental Cell)の表紙として採用されました。 この絵の中では、絵師が龍の眼を描き入れようとしているところです。この眼が表現しているのは、私たちの研究対象である染色体の「セントロメア」で、まるで染色体の眼のように重要な部分です。1つの染色体につき1か所だけにセントロメアが形成され、その場所はDNA複製や細胞分裂を経ても確実に維持されていきます。このセントロメアの形成を完成させる分子スイッチは、まるで「筆のひと塗り」のような分子修飾であり、その発見が、今回の研究成果なのです。 

セントロメアは解析しづらいそうですが、どう解決したのですか。

解析の妨げとなるのは、短い繰り返し(リピート)配列や、凝縮したヘテロクロマチン構造です。今回の研究成果の布石となったのが、2010年のニワトリ染色体の解析です(Close-up! インタビュー⑦)。 リピート配列のないセントロメアが見つかったのは驚きでした。ニワトリは、他の実験動物と比べると研究に使えるツールやリソースが未発達な面もあります が、DT40という培養細胞は遺伝子組み換えの効率が良いので、実験を早く進めることができます。少なくとも染色体工学の技術においては、私たちは世界的 に優位にあると自負しています。 

セントロメアの形成を完成させる分子スイッチとは、どのようなものだったのですか。

深川竜郎 教授

ひとことで言うと「ヒストン修飾」というものです。ちょうど今年の日本国際賞は、ヒストン修飾の意味を明らかにしたアリス博士に贈られています。
ヒストンは、染色体を構成するタンパク質のひとつです。ヒストンにはメチル化やアセチル化などの化学修飾が加わりますが、場所と種類の組み合わせによって細胞への色々な命令になります。これまでに数十の修飾とその意味がわかっていますが、多くは遺伝子発現のスイッチです。
今回、ヒストンの部品であるH4タンパク質のメチル化(H4K20me1)がセントロメアの形成を完成させることがわかったのです。ヒストン修飾がセントロメアの形成にも関係していることが示されたのは初めてのことです。 

セントロメアの形成を「完成させる」ということは、そこに至る過程があるのですか。

セントロメア周辺ではヒストンH3が「センプA(CENP-A)」というタンパク質に置き換わっていることがわかっていましたが、センプAはセントロメア以外の部分にも存在するため、センプAが存在しただけでは、セントロメアの形成は完成しません。 私たちは長い間セントロメアに挑み続けており、センプA以外の新しいタンパク質も発見してきました(Close-up! インタビュー⑫) が、セントロメアの形成を完成させる要素は謎のままでした。今回の研究で、まるで筆でちょんと絵具をつけるようなヒストン修飾がおこることによってセント ロメアの形成が完成するというイメージを、ようやく描くことができました。この一筆によって、セントロメアに何十ものタンパク質が集まってきて、セントロ メアが完全な形に形成されていくのです。 メチル化という簡単なスイッチが使われていたことは、すこし意外でした。セントロメアが何かの拍子に失われ、すぐに代わりのセントロメアが必要な場合に、都合がよいのかもしれません。憶測でものを言うのは好きではないのですけどね。 

研究に使われた技術は、どのようなものだったのでしょうか。

堀哲也 助教

次世代DNAシーケンサーの普及が進んでいるので、今回使ったChIP-seqという手法も、国内でも多くの研究室で使えるようになってきています。遺 伝研は国内有数のシーケンス拠点なので、藤山グループの協力によって膨大なデータが迅速に得られますが、そのデータをどう解析するかが次の問題になりま す。今回私たちが有利だったのは、遺伝研の池尾グループと密接に協力できたことです。また、ChIP-seq法にはしっかりした抗体が必要です。大阪大学 の木村グループが揃えているすばらしい抗体のおかげで、今回とてもきれいな、ノイズの少ない結果が得られました。それぞれの技術に対する信頼感があって、 気持ちのいい共同研究、安心感のある共同研究ができました。 若い研究者にとっては、解析のためのツールが揃っていることが当たり前になってしまっているようです。自分たちの手で泥臭い努力を重ねれば、市販品より も精度の良いものが得られます。材料やツールの特性をよく理解せず、実験結果が曖昧でも、想像を膨らませれば論文は書けてしまいます。論文公表は出発点で あって、世界中で追試・確認されることで科学的知見として認められていくものだということも、強く認識されるべきだと思います。 

今後の展望をお聞かせください。

私たちの目標は、試験管でセントロメアを再構成することです。染色体に微小管をくっつけて運ぶだけなら、30か40種類のタンパク質でできるように思い ますが、分配以外の機能も含めるともうすこし必要になると思っています。おそらく、セントロメアの場所を一点に固定して安定的に維持する機能もあるので、 微小管にくっつくタンパク質が兼ねているかもしれないし、別のタンパク質かもしれない。まずは最低限必要なパーツで構成していけたらと思います。 再生医療が実用化に向かおうとしていますが、細胞を完全にリプログラミングするには、染色体のヒストン修飾もきちんと見ていく必要があるでしょう。遺伝 子治療のための人工染色体という話題もあります。染色体分配というのは、やはり根本的に大切な生命現象なので、着実に研究を続けていきたいと思います。 

(文: リサーチ・アドミニストレーター室 伊東真知子 / 2014)

Histone H4 Lys 20 mono-methylation of the CENP-A nucleosome is essential for kinetochore assembly

Tetsuya Hori, Wei-Hao Shang, Atsushi Toyoda, Sadahiko Misu, Norikazu Monma, Kazuho Ikeo, Oscar Molina, Giulia Vargiu, Asao Fujiyama, Hiroshi Kimura, William C. Earnshaw, and Tatsuo Fukagawa 
Developmental Cell Volume 29, Issue 6, p740–749, 23 June 2014 doi:10.1016/j.devcel.2014.05.001

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