第16回 生命の設計図DNAは、細胞の中で揺らいでいた!

生命の設計図DNAは、細胞の中で揺らいでいた!遺伝情報を検索しやすく、読み出しやすくするためのしくみにせまる

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前回、「クロマチン線維モデル」を覆す成果を出されましたが、今回のご研究内容とは?

研究室メンバー 中央が前島教授、最左が筆頭著者の日原さえらさん
研究室メンバー
(中央が前島教授、最左が筆著者の日原さえらさん)

私たちは、細胞のなかでのDNAの束ねられ方や収納のされ方に着目して研究を続け ており、今年のはじめに、教科書にもあるモデル「細胞内のDNAは規則正しく束ねられており、直径30ナノメートルの構造(クロマチン線維)をはじめとす る高次構造によって折り畳まれている」を覆す成果を報告しました。生きたままに近い状態の細胞を観察できる特殊な顕微鏡(クライオ電子顕微鏡)と大型放射 光施設のスプリング8を用いたX線散乱解析によって、大部分の細胞にはクロマチン線維は存在せず、DNAはヒストンに巻かれたヌクレオソーム線維として、 かなりいい加減な状態で細胞内に収められていることを明らかにしてきたのです。
実は、この時点で、総合研究大学院大学の学生 (学振特別研究員)の日原さえらさん(現・理化学研究所、以下、理研)と私は「なぜ、いい加減に収納されているのか?」という点に思いをめぐらせており、 大きなメリットが2つあるのではないかと考えていました。日原さんはとても想像力が豊かでした(笑)。一つは、「規則正しい大きな階層構造を作るにはエネ ルギーが必要と思われるが、最低限の構造を作り、あとはいい加減に収納して、なるべくエネルギーを使わない方が合理的だろう」ということです。ここでいう 「最低限の秩序を保つ構造」とは、コンデンシンなどによって作られる染色体の軸状の構造のことです。もう一つのメリットは、「いいかげんに収納されている ヌクレオソームは束縛がない分、細胞内で比較的自由に動けるだろう。すると、ゲノムDNAにアクセスするタンパク質もまた自由に移動できるのではないか」 ということです。今回の研究は、後者について詳細に検証し、実際に示せたというものです。

具体的にどのような実験と解析をされたのでしょうか?

まず、日原さんはインドホエジカというシカの培養細胞(DM細胞)に、観察しやす くするための操作を加えました。DM細胞を用いたのは、巨大な染色体をもつために顕微鏡で観察しやすいからですが、細胞自体は扱いにくく日原さんはとても 苦労しました。そのうえで、蛍光相関分光法(FCS)という特殊な手法を用いて、細胞分裂の間期と分裂期における個々のヌクレオソームの動きを観察しまし た。FCSの測定は、北海道大学(以下、北大)の金城政孝先生と白燦基さん(現・理研)の協力を得ました。また、同じく、細胞分裂の間期と分裂期に「蛍光 を発するタンパク質(GFP)」を発現させ、このタンパク質がヌクレオソームの間をぬって移動する様子を観察しました。さらに、これらの実験で得られた実 測データをもとに、理研の高橋恒一さんらがコンピュータシミュレーションによる詳細な解析を行いました。

どのような結果が得られたのでしょうか?

第1に、染色体はヌクレオソーム線維が高度に凝縮し、 とても混み合っている環境下にあるにもかかわらず、そのような染色体内においても、核内と同じようにタンパク質が比較的自由に動いていることがわかりまし た。蛍光相関分光法(FCS)を用いて得られた成果です。ここで、「一体、染色体のなかはどうなっているだろう?」思い、理研の高橋さんらと、モンテカル ロ法とよばれるコンピュータシミュレーションで染色体内の環境を再現してみました。すると、染色体のようにヌクレオソームが高い濃度で存在する場合、ヌク レオソームが止まっていては、そのなかを大きなタンパク質が動けないことが分かりました。
一方、ヌクレオソームに揺らぎを与える(小刻みに動 かす)と、大きなタンパク質が自由に動けるようになりました。ここでいう揺らぎとは「一定範囲内において自由に動ける」という感じです。首輪につながれた 犬が、一定範囲のみ自由に動けるのと同じです。わずか10-20ナノメートルの揺らぎで、大きなタンパク質が自由に動けるようになったのです。ヌクレオ ソームが揺らぐとタンパク質が動きやすいというのは、満員電車内でも一人一人が少しずつ動けば、奥の乗客が駅に降りられるのによく似ています。逆に、ヌク レオソームの数を減らし、スカスカの状態にする実験も行いました。そして、スカスカの状態においても、揺らいでいる方がタンパク質はより動きやすくなるこ とがわかりました。さらに、ヌクレオソームに緑色蛍光タンパク質 (GFP)を付けて細胞を観察し、実際に生きている細胞のなかでヌクレオソームが揺らいでいることも証明しました。これには、北大の永井健治教授(現・阪 大)、谷知己准教授(現・米国MBL)の協力を得ています。
さらに別の実験において、ヌクレオソームにクロスリンクという「足かせ」を付 け、揺らぎの程度を小さくしてみました。すると、タンパク質は動きにくくなり、ゲノムDNAにアクセスしにくくなることがわかりました。私たちは、個々の ヌクレオソームが、エネルギーを必要としないブラウン運動によって、確率論的に揺らいでいると考えています。

前島教授

これらの結果は、どんなことを示唆しているのでしょうか?

ほとんどの生命現象は、「生命の設計図であるゲノムDNAとタンパク質の相互作 用」が起点となります。今回の結果は、この両者の相互作用が、従来の規則正しいクロマチン線維モデルにおいてよりも容易に起きることを強く示唆していま す。言い換えると、遺伝情報の収納・検索・読み出しといったことが、大きなエネルギーを消費することなく実行されうることがわかったのです。生命戦略とし て考えれば、生物が「揺らぎという標準状態」を利用するのは、実に理にかなったことだと思います。

今回の研究の「成功の鍵」は何だったと思いますか?

「日原さんと私が、かなり早い時点で、今回の結果を思い浮かべていた」と言いまし たが、具体的にどうしたらよいかは見えていませんでした。そこで、物理や化学などの異分野の研究者の方々と積極的に話をし、ヒントをいただいたり、協力い ただいたりしました。たとえば、共同研究者として、バイオイメージングの第一人者である永井さんなどに入っていただきました。また、シミュレーションにつ いては、同じく共同研究者の高橋さんが、実測した「タンパク質がどれくらい動きやすいか」を示す拡散係数をもとに、「ヌクレオソームが多数存在し、その一 つ一つが独立してブラウン運動をする」というモデルを作ってくれました。ごく簡単にいうと、サイコロをふってどのヌクレオソームを動かすかの順番を決め、 さらにサイコロをふって、そのヌクレオソームが動く方向を決めるといったシミュレーションモデルです。簡単そうに聞こえますが、驚異的な計算量になります (笑)。このモデルではヌクレオソームの数を好きなように操作できます。数を減らし、スカスカの状態にしてみたところ、スカスカの状態においても、ヌクレ オソームが揺らいでいる方がタンパク質も動きやすいことがわかりました。
一方、蛍光相関分光法(FCS)で用いる最先端機器などは遺伝研には ありませんので、北大の金城さんと白さんのところに試料をもっていくというようなこともありました。こうした協力を得られたことも大きかったと思います。 白さんや谷さんにも、いろいろなアイデアを出していただきました。

今後はどのような研究をされる予定でしょうか?

今回の研究の続きとしては、ES細胞やiPS細胞などの幹細胞と分化細胞とで、ヌ クレオソームの揺らぎのレベルに違いがあるのか、違いがあるとすれば、タンパク質との相互作用にどう影響するのか、といったことを検証したいと考えていま す。幸い、私の研究室の助教の平谷伊智朗さんは発生の専門家なので、いろいろ教えてもらいたいと思っています。また、ユークロマチンとヘテロクロマチンと の揺らぎの違いもたいへん興味深く、研究対象にしたいと考えています。最終的には、ゲノムDNAに普遍的な「収納や情報読み出しの分子メカニズム」の全貌 に迫りたいと考えています。

(文: サイエンスライター・西村尚子 / 2012.12.14掲載)掲載論文

Local Nucleosome Dynamics Facilitate Chromatin Accessibility in Living Mammalian Cells

Hihara, S., Pack, C.G., Kaizu, K., Tani, T., Hanafusa, T., Nozaki, T., Takemoto, S., Yoshimi, T., Yokota, H., Imamoto, N., Sako, Y., Kinjo, M., Takahashi, K., Nagai, T., Maeshima, K. Cell Reports,Published online: December 2012doi:10.1016/j.celrep.2012.11.008

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