巻頭言

  • ニュースレター第七号によせて

  • 正井  久雄
  • 領域代表   (財)東京医学研究機構   東京都臨床医学総合研究所   参事研究員

  班員の皆さんに年賀状を書き終え、さあお正月だと思ったら(住所間違いなどで戻ってきた人もいるかもしれないので届いていない方はごめんなさい)、この原稿を書いている今は二月中旬、先日は春一番も吹いた。特定領域研究「染色体サイクル」の4年目が終了しようとしている。つい先日代表者が集まってヒアリングの準備をしていたように思うがあれからもう4年が経過した。残るところ一年となり、なんとなく落ち着かなくなってきた。幸い班員の皆さんは、多くの成果をあげ、目覚ましい活躍をされており、代表者として大変誇らしく思う。本ニュースレターにおいてもその成果の一部が紹介されているので目を通していただきたい。

  昨年後半の大きな話題は4人の日本人がノーベル賞を受賞したことであろう。昨今、実用化に貢献できる研究、あるいは技術開発に貢献できる研究、すなわち役に立つ研究がもてはやされ、研究費を応募しようにも、自分の研究が役にたちそうもないときは(ほとんどの場合そうである)、応募すら難しいと思えてくる。今回4人とも基礎研究の成果においてノーベル賞を受賞したことから、基礎研究が改めて見直されたのは皮肉である。ノーベル化学賞を受賞した下村脩博士によるGFP発見の裏話はいろいろな書物に記載されているので1)2)ここでは記述しないが、下村博士は、ワシントン大学フライデーハーバー研究所の近くの海面を埋めるほどいたオワンクラゲを100万匹近くすくいあげて、そこからGFPを精製したという話は有名である。ここには、純粋にクラゲが何故光るのだろうかという湧き出る疑問に答えようとする真の科学者の姿がある。ご本人も、GFPが40年後に生命科学の研究に革命をもたらす分子になるとは全く想像もしていなかっただろうし、そんな興味もなかったのである。生命科学の研究は生物を対象とする。すべての地球上の生物は、生命が地球に誕生して36億年にわたる、適者生存の選択をくぐりぬけて現在に至る。すべての生物は想像もつかないほどの回数のtrial & errorの結果現在の姿になった。だから私は、生物を対象とする研究につまらない研究はないと思う。つまらないと思うのは、ただ我々が隠れている重要なメッセージを理解していないからだけではないのか。

  役に立つ研究とはなんであろうか?古くは、抗生物質の発見から、組換えDNA技術の発見、PCR法の開発にいたるまで、役に立つ研究を目指して行われたものでないことは明白である。それらは、別の細菌の基礎研究の過程で偶然に発見されたり、複製のメカニズムや核酸に関する基礎的研究の過程で得られた知識や材料を組み合わせて新規の技術として開発された。組換えDNA技術やPCR法が開発されたとき、それらが現在知られている程の画期的な新技術であることは、開発者自身も含め、ほとんど認識されていなかった。よく「必要は発明の母」というが、故アーサー=コーンバーグ博士は、むしろ「発見が必要を生む」と述べていた。このように考えると「役に立つ研究」と「役に立たない研究」を区別することは、真に役に立つ発見を行うためには不毛な議論であると思われる。

  最近は、研究費の応募において、応募要項などを読んでいると、異分野融合という言葉をよく目にする。異なる分野の研究者が協力して研究をすすめなさいーというものである。確かに生命科学の分野でも研究分野の融合は目覚ましく、これまであった生化学、分子生物学、細胞生物学、遺伝学というような区分けはほとんど意味をなさなくなっており、さらに、医学、薬学はもとより、工学、化学、物理学、情報学、数学などの分野との融合、協力体制が益々進んでいる状況である。これらの融合は、生命科学研究の進展に伴ってもたらされたものであり、本来、研究目的を達成するために、新しい技術あるいは学問領域との協力が必要となり生まれてきたものである。異分野融合により、研究を新たなステージに発展させるという意識を持つことは重要であるが、異分野融合が研究を計画する上で目的となることは本末転倒であるように私には思われる。

  特定領域「染色体サイクル」はまさに、基礎研究の代表選手のような研究者ばかり集まっており、4人の日本人の基礎研究の成果に対するノーベル賞受賞が基礎研究に対する追い風となることは大変うれしいことである。自然科学は、本来人間の知的好奇心に基づいて生まれたものであり、その多様性とレベルはその国の分化のバロメーターになる。一見役に立ちそうもない研究も含めた裾野の広い科学研究のサポートが、究極的に、画期的な技術開発―すなわち役に立つサイエンスーをもたらすと私は信じている。

  1)  宮脇敦史  編:実験医学  別冊
「GFPとバイオイメージング」(2000)羊土社
  2)  宮脇敦史
「2008年ノーベル化学賞:もし長崎の原爆が下村少年の命を奪っていたら」
細胞工学 27, 1288-1291(2008)秀潤社

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