巻頭言

  • ニュースレター第六号によせて

  • 正井  久雄
  • 領域代表   (財)東京医学研究機構   東京都臨床医学総合研究所   参事研究員

   大変暑かった今年の夏も過ぎ去り、いつの間にか肌寒くさえ感じることもある今日この頃である。特定領域「染色体サイクル」もいよいよ4年目にはいった。今年度から、公募代表研究班員も刷新され、いよいよ最後の二年を締めくくる研究にむけてスタートを切った。第二期目の公募代表研究班員は計21名、そのうち9名が新規メンバーである。是非、染色体サイクル研究に新しい息吹を吹き込むような研究を期待する。

 この原稿を書いているのは9月27日であるが、昨日まで御殿場において、新規公募研究者も含めた本年度の領域会議が開催されていた(本来なら一ヶ月くらい前に原稿を送っていなければいけないのだが、いつものように遅くなり、中山さん、仁木さんにはご迷惑をおかけしてすみません)。染色体サイクルの制御についてこれまでの研究が成熟し、さらに新しい展開へと進んでいる報告、また、新しい染色体ダイナミクスの連係の発見の報告など、大変面白い報告が多く、これから二年間の更なる発展を大いに期待させるものであった。また、これまでの成果も、続々と質の高い論文として発表されており、班員皆さんの奮闘を十分に感じることのできる実り多い会議であった。どの発表も、発表時間と質疑応答の時間がもう少しあったらと思うほどであった。新班員の方々の発表も、さすがに競争率の高い選択を通り抜けて来ただけのことはあり、大変レベルが高く、次回の領域会議が今から楽しみである。本特定領域では「連係」をキーワードとしており、是非、この特定領域を通じて、新たな協力体制による研究の発展、新分野の開拓が行われることを期待している。そのために、この領域会議が大いに役立ってくれることを祈っている。また、実際に実験に従事するこの分野の研究者間の情報交換を促進するために「染色体サイクルメイリングリスト」を設立した。班員のみでなく、研究室の大学院生、ポストドク、研究者の方々など多くの方にメンバーになっていただき、活用していただければと思う(このメイリングリストへの登録の仕方などは23ページに記載した)。今回の領域会議は富士山のふもと御殿場高原ホテルで行われた。残念ながら会期中、富士山は雲の下に隠れていたが、大変すばらしいセッティングで、会議終了後はおいしい高原ビールと温泉も楽しめた。また、夜の交流会では全員が自己紹介を行い、班員の皆さんの研究発表される姿とは違う一面も見る事ができて楽しかった。改めて、すべての準備をたった4人で完璧にしきって下さった小林さん、仁木さん、筒井さん、古谷さんに心から感謝の意を評したい。

 8月の下旬、Stanford Biochemistry’ s Biochemistry 50thAnniversary Research Symposiumに参加した。これは、故 Arthur Kornberg博士が設立したStanford大学医学部生化学科の設立50周年を記念する、いわば同窓会のような集まりであった。本当は来年が50周年ということだが、この学部の設立に関与した先生方が高齢であるので、一年早めて行ったということであった。それにもかかわらず、Kornberg先生が参加できなかったことは、大変悲しく残念なことであった。シンポジウムでは、1960年代から2000年代までの主要な業績が発表されるとともに、その時代を代表する研究者が数人20分ずつの presentationを行った。その中には、Pierr Chambon (Kornberg lab), Randy Scheckman (Kornberg lab), Peter Kim (Baldwin lab), Steve Elledge (Davis lab)などまさに現在の生命科学研究を率いている研究者が含まれた。同じレベルのシンポジウムをさらに3-4回できる人材が同窓会には揃っていると司会の現在のStaffであるMark Krasnow, Susan Pfefferが語っていたのは印象的であった。

 Stanford大学生化学は、組換えDNA技術発祥の地と言われ、今や世界の生命科学研究のメッカの一つである。何故50年という比較的短い期間にこのように急速に発展し、研究の中心へと躍り出たのであろうか?まず第一に、Arthur Kornbergという偉大なリーダーがいたということが挙げられる。Kornberg博士の指導力の元に、能力のある研究者が集まり、研究グループが形成されていった。第二に、きわめてオープンな研究環境で、これらの研究者が議論を深めて、次々と斬新なアイデアが実行に移され、それに伴い新しい技術が次々と開発されたことである。Stanford大学生化学では、それぞれの教授に自分の研究室というものはない。研究室に行くとKornberg研究室のポストドクがin vitroDNA複製の仕事をしている隣で、Davis研究室の人が酵母の遺伝学の研究を行っている。いわば、生化学科ひとつが大きな研究室のようなイメージである。新しい大学院生や、ポストドクは空いているベンチに入るので隣にどの研究室の人がいるかは行ってみるまでわからない。当然、機器や試薬なども共有することになる。考えてみれば、 Kornberg, Lehman, Berg, Davis, Hogness, Kaiserという巨人たちがいつも頭をつきあわせてああでもないこうでもないと議論して研究をすすめるわけで、これに太刀打ちできる研究環境はそうないであろう。Stanford生化学の研究成果の歴史をひもといてみると、画期的な方法論の開発がここで行われていることがわかる。組換えDNA技術はもちろんであるが、Southern, Northern hybridization, colony/ plaque hybridization, western blotting, cDNA library, expression cloningなどなど、その後、分子生物学研究の基盤技術となった技術が70年代にここで開発されている。これらの技術はただちにStanford生化学内で世界に先駆けて使用され、時代を先取りした研究成果へとつながってゆく。技術開発の伝統は80年代にも引き継がれ、Pat Brownによるm icroarray技術の開発は記憶に新しいところである。第三に、北カリフォルニア、ベイエリアという気候の良さと立地条件の良さが挙げられる。一年中ほぼ温暖な気候で、ぬけるような青空の毎日(私もこの地に80年代に9年近く住んでいたのであるが、長らく行っていなかったのでもうすっかりその空の青さを忘れていた。今回、Palo A ltoの空を眺めて、改めて空はこんなに青くなりうるものかと感動した。)である。近くには、San Francisco, Berkeleyなどがあり国際空港も至近距離なので世界中から人が集まってき易い場所である。情報化の時代とは言え、陸の孤島で人が集まらなければ、国際的な研究の発展は難しいであろう。Stanford大学では、生化学に限らず、ほとんど毎日のように種々のセミナーが開催されていたのを記憶している。

 このように、研究が発展する条件が揃っていたわけであるが、やはり最も重要であったのは、試薬や機器を共有し、情報、技術を常に共有するというオープンな研究環境を作り上げたことにあると思う。ニュースレター第一号で私は、1960年代初頭のMRC分子生物学研究所では、ジョン・ケンドリュー、フランシス・クリック、ヒュー・ハックスレー、マックス・ペルーツ、フレッド・サンガー、シドニー・ブレナーという「6人の侍」らの尽きない議論から、分子生物学の幕開けを告げる発見が次々になされた、と述べた。これに似た状況を、Kornberg博士はStanfordにつくり、その後の隆盛をもたらした。ここで重要なことは、Kornberg博士は、Enzymeの精製とそれを用いた解析こそ生命科学研究の中心であるという信念をもちながら、自分の信念を他人に押し付けることなく、実際には、多種多様な人材を集めている。ショウジョウバエの遺伝学,DNA解析のHogness,驚くべきアイデアにより次々と新しい技術を開発するRon Davis,Protein chemistryのBaldw in,粘菌の細胞生物学のKaiserなど、これらのP Iは、強烈な個性を発揮して研究、発見を行い、それらがKornbergという偉大なリーダーのもと見事に融合していたと言える。

 Stanford大学生化学から学ぶことは多いであろう。しかし、それを実行に移すことはそれほど容易なことではない。特定領域「染色体サイクル」においてもSpiritだけは、これを共有し、全国に散らばっている班員であるが、是非とも、特定領域の絆を通じてオープンなdiscussion、情報交換が推進され、新たな発見、研究の芽が生まれてくることがあれば、代表者としてこれほどうれしい事はない。(文中一部敬称略)

代表者あいさつ
カリフォルニアの青い空の下で(Kornberg先生の自宅でのレセプション。左から新井直子、小平美江子、Joan Kobori[Kornberg研でdnaCの研究をしていた人]、新井賢一、正井)

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