文部科学省科学研究費補助金『特定領域研究』/染色体サイクルの制御ネットワ−ク
染色体サイクル
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特別寄稿
成田 匡志
  "A part of the character"
  成田 匡志 Masashi Narita
  Group Leader Cancer Research UK, Cambridge Research Institute
(編集者メモ)今回は、私がコールドスプリングハーバーにいた時に一緒だった成田さんに寄稿をお願いしました。成田さんは細胞老化特異的なヘテロクロマチン形成(SAHF)を見いだされた研究で有名です。最近イギリスで新しいラボを立ち上げられました。

大阪からニューヨーク、そしてケンブリッジ(ボストンではなくてイギリスです)へと渡り歩いてきました。アメリカで6年半、イギリスでは今年(2007年)の8月でちょうど一年過ごしたことになります。さて、次はどこにするか、などと考えない訳ではありませんが、もちろんちょっと早すぎますね。いずれにせよ、それぞれの場所でのカルチャーショックに耐えながらも、なぜ外国にいるのかということは、そろそろ真剣に考えないといけない時期かもしれません。

外国に住むということは、どういうことでしょうか。一つは、それまでの自分という殻をすてて、裸の眼で物事を見るという経験と言えるかもしれません。しかも、意志表現という基本的な能力さえ捨てた状態で、nobodyとして一人静かに立っている。そして、コミュニケーション能力がつくに従い、新たな人格が形成されていく。極端にませた子供にかえったような感じでしょうか。大げさかもしれませんが、時々日本語の自分と英語の自分が同じ人格かと疑った時期は、確かにあったような気がします。

Nobodyであるとは、ある社会において中立的な存在であり得るともいえそうです。イギリスでは階級が制度としても文化としてもしっかり残っているようですが、僕は無所属性をけっこう楽しんでいます。変幻自在にあるときはワーキングクラス、あるときはミドルクラスの人たちと交わる。さすがに、アッパークラスのふりをするのは難しいかもしれませんが。いや、そういえば、僕はエリザベス女王様と握手をし、声までかけていただきました。クラスを超越した外人として、いろんなところに顔を出しているといってもよさそうですね。外人は外人としてちょっと浮いている方が自然で楽しいものです。

また、視界が変わると視点も変わってきます。どちらかというと、新たなものが見えるようになるというよりは、見えていたものの濃淡がかわるということです。今回ニューヨークからケンブリッジというドラスティックな変化を経験して特にそう感じています。例えると、胸部レントゲン写真です。昔、研修医時代に呼吸器外科をローテーションしたことがあり、胸部レントゲン写真はかなりの数を見ました。肺は空気で黒く映るのですが、気管支から肺胞の先まで充実性の部分が白いもやもやした雲のようにちりばめられています。その中から、疑わしい影を見つける訳ですが、なかなか難しい。ここだと指さされても、わからない。それでも、少し慣れてくると、どういう訳か、腫瘍と思われる影が周りから浮き上がって見えるようになってくるから不思議です。学生や研修医に“心眼でみろ”というのは、彼らをからかうときの決まり文句のようなものです。そうした、“心眼”を使うことで景色がかわる。そういうことは多分、子供の頃には、毎日当たり前のように起きていたことではないでしょうか。人間、知恵がつくにつれて、視界にあるものの中から自然と必要な景色を選択するようになってくるのかもしれません。例えば、以前は見向きもしなかったことですが、藁葺き屋根の状態や柱の木の年季など、今では自然と目に入ってきます。いったいどんなところに住んでいるんや、と思われるかもしれませんが、それは、ケンブリッジにこられたときに寄ってみてください。
藁葺き屋根の自宅にて
大人になってから、日々自分の“成長”感じるということがどれだけあるでしょうか。いい歳したおっさんにとって、これはなんとも言えない快感ではないでしょうか。言葉にしてもそうですね。今でも、僕の英語の上達度は飽和していないと思っていますので、僕の英語はまだまだ(少なくとも自分の中では)日夜“成長”しているということになっています。もちろん、英語が不自由なく話せることにこしたことはないのですが、半分は負け惜しみとしても、まるで子供のように(めちゃめちゃゆっくりとではありますが)日常生活において学びとるものがあるということは、なかなか換えがたいものがあります。

まあ、外国ではストレス度とこうした快感とのバランスが大事ではないかということです。海外旅行はそれ自身、ストレスを伴ものですがそれでも毎年大勢の人々が出かけていきます。旅行会社が必死でストレス対策をしていることもあり、快感の方が勝っているのでしょう。僕らが日本に帰るときには、多分、長い長い海外旅行がとうとう終わってしまうというような寂しさを感じることでしょう。

さて、ケンブリッジです。しつこいようですが、イギリスです。ここでは、大阪やニューヨークとは時間の流れ方がちょっと違います。どうも、ゆったりと、時には停滞しているような感じすら受けます。古いものを大切に守るという姿勢が随所に見られます。またまた、身近な例ですが、ケンブリッジで赤くて丸い郵便ポストを見たときにはとても懐かったですね。日本では、もう田舎でしか目にしませんよね。ロンドンですら平気な顔をして立っています。家なんかも古い方が、値打ちがあったりします。関ヶ原の戦いの頃にせっせと建てられた家なんかがごろごろあって、何ともいい味、キャラクターを出しています。変化の激しい現代社会において、とてものどかな雰囲気を保っています。でも、僕は、おそらくそのかげにはかなりの辛抱と努力が隠されているのではないかと見ています。時間の流れを自分のところだけねじ曲げるのはそう容易なことではないはずです。かなり大きな力、意志がはたらいているにちがいありません。

以前、日本からの客人をまじえて、うちの研究所の事務長からイギリスにおける研究費の取得状況を聞いたことがあります。日本の客人が、分野間での研究費配分の比重が、イギリスではどうなっているかという質問をしました。事務長は笑いながら、イギリスではとっくに(日本のように)テクノロジーに重点をおくことはやめている、と答えました。時には、頑なに、我が道を守り、妥協しない態度を通すためには、いろいろなものを捨てる必要があるのかもしれません。なるほどテクノロジーを追いかけることを国策としてやめてしまうことは、かなりの効果がありそうですね。こうして、自分たちの尊ぶ個性を維持し、それを存分に楽しむ。もちろん、そのためには面倒なことも、いろいろでてくるでしょうが、多少の不便には目をつぶる、というよりむしろ、それ自身が伝統の一部としてキャラクターを持ち始める。

伝統や古いものの他にも積極的に守られているものがあります。ルールです。ルールと言えば、伝統とも関連しそうですが、こちらは新たにどんどん作り出されてしまいます。イギリスでは本当にルールが多くて、アメリカから移ってきた身にとってはかなりこたえますね。中には、冗談かと思えるようなものまであるのでなおさらです。特に、安全に関するルールは厳しいです。ラボにおいてもsafety issueという壁が立ちはだかることがあり、頭をかかえることもしばしばです。車の運転にしても、制限速度はよく守られている方だと思います。ここでは、制限速度のルールはかなり単純化されており(これは僕は気に入ってます)、市内に入ったら時速30マイルと決まっているのですが、こちらに来て早速オービスのようなものにやられてしまいました。生まれて初めてです。絶対に40マイルはでてなかったはずです。そのかわり、日本やアメリカのように時速10とか20(キロであろうがマイルであろうが)というような非現実的な数字を見ることもまずありません。ここで、そんなことをしたら、皆、本当に時速10マイルとかで走ってしまい、交通が麻痺してしまうでしょう。Safety issueのおかげで得をしたこともあります。車の走行車線が日本と同様、イギリスでは他の欧米諸国とは逆の左側であることは有名ですね。いわゆる、“left is right”というやつです。僕は、日本とアメリカの運転免許証を持っていますが、走行車線が同じということで日本の免許証は書類のみでイギリスの免許証に変更可能ですが、アメリカの免許証ではそう簡単にはいかず、厳しいレッスンと試験をパスしなければいけないようです(これに関してはアメリカに比べ日本の運転免許証を取得するのが難しいからという説もありますが)。Safety issueが言葉、文化、あるいは人種の違いといったことに優先された瞬間を見た気がしました。

このように皆が、時には融通がきかないほどしっかりとルールを守る。これくらいしないと、なかなか国家レベルでの守りの姿勢を保つことができないのかも知れません。もし、イギリス人が制限速度“時速30マイル”の標識をみて、40マイルくらいまではオーケーなどと考え始めたら、もうイギリスはイギリスでなくなってしまうかも知れません。かつては産業革命を主導したイギリスが、ローテクの国として辛抱強く質素に生きている。自分の大好きなキャラクターを守るために、国家レベルで、国民の総意としてあるときそういう選択をしたのではないでしょうか。おかげで我が家にはウォシュレットもなければ、シャワーのお湯の勢いもありません。ロンドンの地下鉄にはエアコンもありません。それでも、僕らはキャラクターたっぷりの生活をけっこう楽しんでおります。A part of the character。そう思うことが僕のストレスマネジメントです。
研究所にて(左は奥さんの昌子さん)
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代表者あいさつ 編集後記 ©2007  染色体サイクル