文部科学省科学研究費補助金『特定領域研究』/染色体サイクルの制御ネットワ−ク
染色体サイクル
INDEX 公募研究の紹介 特別寄稿 リレーエッセイ 学会シンポジウム 第2回班会議 染サイカルチャースクール
特別寄稿
西本 毅治
  動物由来体細胞の細胞増殖温度感受性変異−RCC1とHCF−
  西本 毅治 Takeharu Nishimoto
  九州大学名誉教授
はじめに
特定研究「染色体サイクルの制御のネットワーク」の唐津での第二回班会議に参加した。DNA複製とその制御は古くて新しい課題であり、今後も多くの若者を魅了し続けることでしょう。しかしその中にあって独創性を出すのはそれだけ難しいのでは。それでも皆様が奮闘されている姿は印象的でした。私は30年前に新しい世界を求めて、ハムスター由来BHK21細胞から細胞複製温度感受性変異株を分離した。発表を聞きながら、酵母研究はずいぶんと進んでいると感じました。現実に私も動物遺伝子の機能解明に酵母相同遺伝子を用いて多くの仕事をした。しかし癌発生機構の具体的な姿がいまだに見えていない。ひょっとしたら動物には動物特有の生命機構がありそれは酵母研究からは推測出来ない、似て非なるものがあるため癌の問題は酵母研究では解決しないのでは。もしそうなら未知な動物特有の生命現象を調べるには現在においてもランダムに変異株を動物細胞より分離するのは有効な手段ではと班会議を聞いて思った。我田引水というのかな。ま、それはそれとして、私にとっては新規な動物遺伝子を発見した時の喜びは何ものにも変えがたい素晴らしい人生の思い出である。そんな経験をした二つの変異株について述べてみたい。その一つは染色体凝縮像を制限温度で示すtsBN2、そして、今後の研究の発展が楽しみなtsBN67。tsBN2はRCC1の変異株で、tsBN67はヘルペスウイルス複製に必須な因子として同定されていたHost Cell Factor (HCF)の変異株。HCFに関する考えはtsBN67の分離により根本的に変化した。参考として私が分離し、その変異遺伝子を同定したハムスターBHK21細胞複製温度感受性変異株のリストを表に示す。

tsBN2と染色体凝縮
染色体凝縮はMPFの精製により身近な現象となった。それは細胞が遺伝子を均等に娘細胞に伝達するために必須な機構である。凝縮によりDNAは非常に小さく、約一万分の一、に折り畳まれる。この驚異的なDNAの折り畳みが短時間に、正確に、そして可逆的に行われる。それはミクロの極めて魅力的な機構である。tsBN2細胞はS期以降に制限温度(高温)で培養するとこの染色体凝縮を起こす。通常はM期に起こる染色体凝縮がM期の前に起こるので未成熟染色体凝縮と呼ばれている。正確な染色体凝縮の準備がないままに細胞はDNAを折り畳むので、未成熟染色体凝縮は可逆的に脱凝縮されない。結果として、細胞は死ぬ。この現象からtsBN2変異遺伝子RCC1の機能について色々な想像がされた。RCC1はWD repeatとは異なる7個の内部繰り返し構造を持っており、最終的には低分子G蛋白質RanのGDP/GTP交換因子であると判明した。RCC1はクロマチンにあり、そしてRanは細胞質にある。Ranは核細胞質間物質輸送、微少管形成、核膜形成等の細胞の空間的事象に関与する。このためRCC1欠損はRanサイクルを介して多様な変化を細胞にもたらす。その総合的な結果として染色体凝縮が起こったと推測される。つまり、染色体凝縮はRCC1の欠損による間接的な現象。以後はRCC1が何故にクロマチンに在るかと言う命題に取り組んだ。細胞複製は時間的制御と空間的制御を合わせた四次元の機構により制御されている。クロマチンにあるRCC1はDNA複製と言う時間的事象とRanによる空間的事象の接点として機能していると推測している。つまりクロマチンにおけるRCC1はDNA複製の状況を感知して、Ranサイクルを制御することで、時間的制御と空間的制御をカップリングしているのでは。これを証明するため、Ranサイクルを構成する因子をtwo-hybrid法や、酵母遺伝学を用いて徹底的に調べた。
表:変異遺伝子を同定したハムスターBHK21温度感受性変異株(文献1)
変異遺伝子を同定したハムスターBHK21温度感受性変異株
図:HCF蛋白質の模式図(文献2)
HCF蛋白質の模式図
HCFとG0期
サイトフルオログラフで追跡すると、tsBN67を低濃度血清やHU(ヒドロオキシウレア)で同調してから制限温度で培養するとS期、M期を正常に通過して、正常に細胞は分裂し、そして次のG0期で止まる。この現象は長いあいだ探していたG0期変異株の典型的な表現型である。G0期停止したtsBN67は培養皿から浮いてこないのでDNAトランスフェクションにより野生型に形質転換した細胞の分離にはてこずったがこれまでに確立した方法(文献1)で乗り切った。大きなひとつながりの遺伝子が二つのDNA断片として分離された。この二つの断片をtsBN67に同時に入れると温度感受性は相補された。ついで、相補したDNA断片の中にAlu-free領域を探し、得られたAlu-free DNA断片を用いてtsBN67を相補するcDNAを分離した。塩基配列の解析からtsBN67を相補するヒト遺伝子はHCF であることが判明した。この遺伝子はX染色体にあり分子量300 KDの蛋白質をコードしている。アミノ酸解析の結果、HCFは内部に多数の繰り返し配列を持っている事が分かった(図)。RCC1もそうであったので、この発見は何かの因縁を感じさせた。HCFの繰り返し配列は大きくはN端のKelch repeatに類似するものと内部のproteolytic processingに必要なHCF repeatである。興味あることにHCFは一旦、全長が蛋白質に翻訳された後、proteolytic processingをうけて内部のHCF-repeatが除かれN端とC端のペプタイドが結合して機能する。tsBN67温度感受性変異はN端の部分にあった(図)(文献2)。HCFはヘルペスウイルスのコート蛋白質VP60、宿主細胞のOCT1と結合して、ウイルスの初期遺伝子の転写に必須と考えられていたがtsBN67の変異遺伝子として分離されたことにより、HCFが細胞複製にとっても必須であることがわかった。この発見の意義は大きい。HCFが単にヘルペスウイルス複製に必要なものか、ウイルスのみならず細胞複製にも必須なものかで、HCFの研究は大いに異なる。最近、HCFがM期から細胞分裂をへて新たなG1期が始まる過程に関与している事がRNAi法によって確認されている(文献3)。分子数は細胞あたり、100,000と推定されその殆どはクロマチンにあるようである。立体構造の解析はまだである。また、proteolytic processingをうけるHCF-repeatを欠如したΔHCFcDNAもtsBN67相補活性があるのでproteolytic processingにどんな生物学的意義があるのかも興味深い。

あとがき
今後、動物体細胞から温度感受性変異株を分離する試みはされるであろうか。おそらく誰もしないであろう。それは第一に目的とする細胞機能に的をしぼって動物体細胞の細胞増殖温度感受性変異を分離することは出来ない。第二に酵母で行われているような遺伝学は動物体細胞ではできない。第三に現在の細胞培養法はin vivoを反映していない。何故か知らないがいびつな強い選択圧が平板培養細胞にはかかっているようである。例えば同じ遺伝子の同じ塩基配列が変異した変異株(ts13とtsBN462)が多数分離されている(文献4)。変異遺伝子TAF250/CCG1がX染色体にあるとは言え、classical geneticsでは考えられないことである。 一方では、ヒトDNAの塩基配列はほぼ決定され、ハムスター由来の温度感受性変異株を用いると極めて容易に変異遺伝子はDNAトランスフェクショウン法で同定できる時代になっている。この研究環境は生かすべきである。現在の動物細胞培養法は1950年頃に発案されたものである。考案された当時と比較して、生物学の知識は格段に深くなっている。そろそろ動物由来体細胞の培養法をできるだけ生体に近かづけるよう真剣に検討しては如何でしょうか。とくに、染色体の構造やその転写、複製は細胞培養条件に大きく作用されると思われる。この意味において動物体に近い三次元で細胞を培養する方法は今後が期待される。私は三次元細胞培養法を用いて、新たに動物由来体細胞の細胞複製温度感受性変異株を分離することを提案したい。
文献
  1. Nishimoto. T. Isolation and characterization of temperature-sensitive mammalian cell cycle mutants. Method in Enzymology 1997; 283, 292-309.
  2. Goto H., Motomura S., Wilson A. C., Freiman R. N., Nakabeppu Y., Fukushima K., Fujishima M., Herr W., Nishimoto T. A single point mutation in HCF causes temperature-sensitive cell-cycle arrest and disrupts VP16 function. Genes & Develop. 1997; 11: 726-737.
  3. Julien E., Herr W. A switch in mitotic histone H4 lysine 20 methylation status is linked to M phase defects upon loss of HCF-1. Molecular Cell 2004, 14: 713-725.
  4. Hayashida T., Sekiguchi T., Noguchi E., Sunamoto H., Ohba T., Nishimoto, T. The CCG1 / TAFII250 gene is mutated in thermosensitive G1 mutants of the BHK21 cell line derived from golden hamster. Gene, 1994; 141: 267-270.
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代表者あいさつ 編集後記 ©2007  染色体サイクル