文部科学省科学研究費補助金『特定領域研究』/染色体サイクルの制御ネットワ−ク
「私には守護神がいるから」
北島 智也
東京大学 分子細胞生物学研究所 染色体動態研究分野 渡辺研究室 助手
ゲノム配列が多くの生物で読み終わり、遺伝学のやり方も様々になっている。しかし、求める表現型を変異体に見いだすという遺伝学の基本は、今もなお健在で、素晴らしい威力を発揮する。創造と信念に導かれたスクリーニングの成功例をそれ実現させた方々に語ってもらう。
それは2年にわたるスクリーニングの日々であったが、論文ではたった一文、
To identify this factor, we searched for a gene that yields toxicity during mitotic growth only when co-expressed with Rec8.*
と書かれただけであった。確かに、これが全てであった。
まさに私が研究生活をスタートさせたとき、Forward geneticsによるスクリーニングは始まった。東大理学部生物化学科に所属し、学部4年から卒業研究のために山本正幸教授の研究室に配属された。そこでの実験を直接指導していただいたのが、今のボス、渡邊嘉典(当時助教授)である。その当時、すでに彼の研究テーマの焦点は、分裂酵母の減数分裂における染色体分配様式の制御メカニズムを解き明かすことであった。それまでに減数分裂型のコヒーシンRec8がその中心的役割を担っていることなど次々と減数分裂独自の染色体分配様式を明らかにしつつあった。その研究の真最中に飛び込んで、何か自分が貢献できるような面白いポイントはないか、まだ学部4年の私は、彼の仕事について一所懸命に理解し、徹底的に考えた。今思えば、減数第一分裂で姉妹セントロメア間の接着が維持されるのに着目し、それを保護している因子をスクリーニングしたい、と彼に持ちかけたのは、最高のビギナーズ・ラックだったと思う。私なりに考えに考えてようやくそのポイントに辿り着いたのだが、当然、それはすでに彼も興味を持っており、「体細胞分裂時にRec8と共発現すると染色体分配が減数分裂型に移行する因子を探す」という、具体的な(そして無謀とも思える)スクリーニング戦略を学部4年の私に提案してくれた。
図説明
第一減数分裂では、複製した姉妹染色分体はセントロメアの部分でしっかり対合が維持されている。これは、コヒーシンのサブユニットの一つ、Rec8が分解されず残っているからだ。Rec8の分解を阻止する因子、それがシュゴシンだった。シュゴシンがなくなると、第一減数分裂で姉妹染色分体はばらばらになる。減数分裂期に特異的なRec8を、体細胞分裂期に強制的に発現させても、特に異常は生じない。Rec8が壊れるからだ。では、Rec8の分解を阻止する因子も同時も発現させたら、染色体は体細胞分裂期にもかかわらず、対合が維持されてしまうだろう。そして、細胞増殖が阻害されてしまうだろう。これが、シュゴシンを発見するための分離のアイディアであった。
遺伝学的スクリーニングをやって新規遺伝子を取りたい、と思ったのは、ただそれが宝探しのようで楽しそうだったからである。ところがである、始めてみるとそれが甘い考えであったことをすぐに思い知らされた。毎日の私の実験は、とにかく酵母にゲノムライブラリーDNAを導入して、できるだけ多くの形質転換コロニーをプレートに出し、そして翌日に発現誘導培地にレプリカする。レプリカした二枚のプレートを見比べ、誘導培地で死んでいるコロニーを探し出すという、この一連の作業の繰り返しだった。毎日毎日、数万個のコロニーを目を皿のようにして見比べ続けた。が、実際にはなかなかそれらしいクローンが取れて来なかった。目を閉じると、プレートのコロニーが浮かんできた。結局、発現誘導のシステムを2回変更しながらも、この作業は続いた。そして、3度目の発現誘導システムに変更し、これがようやくまともに、本来期待したようなスクリーニングとして動き始めたのである。このときすでに、Rec8の保護因子をスクリーニングしたいと申し出てから、2年が過ぎていた。
この3度目のスクリーニング戦略が軌道に乗ってからも、さらに半年ほどあの一連のスクリーニング作業は続いた。そして、このスクリーニングもほぼ終わろうとした時に、ついに、求めていたクローンは分離された。後にsgo1+と名づけられる遺伝子を引き当てたのだ。ただ分離した当初は、Rec8と共発現したときの効果も非常に弱いものに分類されていたものだったため、「これはあまり期待できないだろう」と思いつつ、とりあえず遺伝子破壊を行い、減数分裂における第二染色体の染色体分配を調べたのだった。すると、この遺伝子の破壊株では、約50%の細胞で、染色体分配がおかしくなっていた。残りの半数は正常な染色体分配を行っている。なんとも中途半端な表現型であった。しかし、ことの重大さに気付いたのは、この比がとてもきれいに50%:50%であったからである。第二分裂の姉妹染色体分配が「100%ランダム」に起こっているのではないか、という考えに行き着くにはさほどの時間を要さなかった。このときはまだ半信半疑だったが、さらに実験を重ね、ついに目的のプロテクターを取ったと確信したときは、喜びと興奮で身が震えるほどだった。
この後、この因子をSgo1(シュゴシン)と名付け、Nature誌に報告した* 。この後、Nasmyth博士やAmon博士のグループからもSgo1を取ったという報告が成されたが、これらはいずれも予測された遺伝子を片っ端から破壊して表現型を見るという、ポストゲノムの手法を用いたものであった。同時期に3つのグループで同じ遺伝子の発見を行っていたのだ。これらの激しい競争があった中で、私はForward geneticsを用いてSgo1を探し出したということに大きな誇りを持っているし、またそれまでの苦楽を与えてくれたことに対して偉大なるForward geneticsに感謝する思いだ。Forward geneticsを用いた仕事には、それをデザインし行った人のアイデアはもちろん、性格や人柄がより濃く反映され、それにより科学を通して自分を表現できる気がするのは私だけだろうか。いずれまた、頭を凝らしながら泥沼の中で「自分だけの」ダイアモンドの原石を探すような日々に、どっぷり浸かってみたい。
©2005 染色体サイクル