E-a. 人類遺伝研究部門

 この部門では,ヒトの正常ならびに異常形質にかかわる遺伝現象を,分子・細胞・個体・集団の各レベルで研究し,それらを総合的に理解することを目指している.とくに,ヘモグロビン,酵素などのタンパク質分子の構造と合成の変異をアミノ酸配列およびDNA塩基配列の変化として明らかにし,分子病の観点から先天性代謝異常症の遺伝要因と病態発現の機序を研究している.また,白血病やがん細胞を手がかりとして,DNAレベルの遺伝子変異や染色体改変に基づくがん遺伝子活性化の機序,細胞増殖・分化と腫瘍発生の分子遺伝機構などについて研究を進めている.さらに,人類進化の立場から日本人種の遺伝的特徴はなにかを,ミトコンドリアDNAの塩基配列多型の上から研究している.
 当研究所が実施している共同研究事業の一環として,3月に「造血幹細胞増殖分化の機構の学際的研究」と題する研究集会(提案者:九大 仁保喜之教授)を開催した.これには,血液細胞の増殖・分化とがん化の機構の解析研究に取組んでいる外部の研究者25名および所内から今村教授,出原助手らが参加し,それぞれ研究成果の発表を行い,細胞分化と増殖の分子調節と変異,血液幹細胞の特性と遺伝子発現に関する問題点について自由に討論を行った.公募による共同研究では,九大医学部の大塚講師らが,「造血幹細胞の増殖および単球系細胞への分化における遺伝子発現」のため来所し,今村教授,出原助手と共同研究を行った.また,九州大学・医学部の中島 衡博士らの「自己免疫疾患におけるサイトカインレセプターの構造異常の解析」,住本英樹博士らの「インターロイキン4の細胞内情報伝達経路におけるp47phoxの役割の解析」等の合せて7研究を受入れ,それぞれのメンバーが来所して,当研究部門スタッフとの共同研究を行なった.
 本年度の研究は,特定研究事業費「ヒトゲノム遺伝情報の解析」(今村),重点領域研究「分子進化学の新展開の推進(代表者・宮田 隆」(宝来),同「分子進化学の進展開(代表者・長谷川政美」(宝来),総合研究大学院大学グループ研究「生命体科学」(宝来),などの文部省科学研究費補助金,特定疾患調査研究班「難病の宿主要因に関する研究」(今村),神経疾患研究依託費「ミトコンドリア脳筋症におけるDNA変異の解析」(宝来)などの厚生省科学研究費の援助を仰いだ.

  1. 摂食行動とエネルギー代謝の制御機構と肥満・糖尿病の発症要因に関する遺伝学的解析
  2. ヒト18番染色体・遺伝子地図の解析
  3. インターロイキン4の細胞内シグナル伝達機構に関する研究
  4. 細胞内情報伝達に関与するGTP結合蛋白質の構造と機能に関する研究
  5. 染色体ソーティングに基づくゲノム解析
  6. ヒトゲノムデータベースの構築に関する研究
  7. ヒト上科ミトコンドリアDNA全塩基配列からみた現代人の起源
  8. 新大陸へのモンゴロイドの移住
  9. Y染色体多型からみた日本人の成立
  10. ミトコンドリアDNAからみたテナガザルの系統関係
  11. 単クローン抗体によるオルソムコイド表現型─台湾先住民における ORM1*Q0 の多型出現
  12. 台湾先住民集団におけるADA多型:等電点電気泳動法による新たなADA変異型の同定

研究業績

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(2) ヒト18番染色体・遺伝子地図の解析
今村 孝,境 雅子,稲葉利恵,中島 衡1,長谷川知子2
1九州大学医学部第一内科,2県立静岡こども病院)

 18番染色体の異常は過剰染色体症候群としては21番染色体(Down症)に続いて多く見られる.われわれはテトラソミー18p症候群に関わる遺伝子の解析を目的として,ヒト18番染色体の高分解能・連鎖遺伝子地図の解析を計画した.基礎的研究として,ヒト染色体としては,18番染色体のみをもつヒト・マウス雑種細胞(126-15, 126-21), また,長腕が欠失した染色体 (18q-) のみを保有している細胞株 (126-2, -3, -4, -7, -11, -16) などを作成した.これらの細胞から,ヒト18番染色体(または18p)に固有の遺伝子ライブラリーを作成し,2000個のクローンを選択した.18番染色体に由来するコスミドクローン(60)を FISH 法により染色体領域上 (18p, 18q11, q12, q21, q22, q23) にそれぞれ位置付けた.ヒト18番染色体は,ゲノム DNA の 3% を占めるので,全長100センチモルガン (cM) と考えられる.われわれが作成した18pのみをもつ雑種細胞株から,ヒトに特異的な mRNA・cDNA を取り出し,脳組織で発現する18番染色体短腕 (18p) 上の遺伝子を分離することによって,過剰染色体(テトラソミー18p)症候群に関する病因遺伝子群を明らかにすることを目指している.
 詳細は,文献1に発表した.

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(6) ヒトゲノムデータベースの構築に関する研究
藤山秋佐夫,檀上稲穂,大山 彰11三井情報開発)

 上記研究課題2bの画像データベース化を進めている.第一段階のソフトウエアは,1996年3月に完成の予定である.

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(9) Y染色体多型からみた日本人の成立
Michael F. Hammer1, 宝来 聰(1アリゾナ大学)

 Y染色体上の非組み換え領域にある4つの遺伝子座に関して,日本人3集団(沖縄,静岡,青森)と台湾の中国人で遺伝子型を決定した.Y染色体上のAlu配列の挿入多型であるYAP因子は,日本人では 42% に存在したが,中国人には見られなかった.このことによりYAP因子がアジアにおいて不規則な分布をしていることが明らかとなった.Y染色体上の4つの遺伝子座で得られたデータより,集団間の遺伝的距離の推定,Y染色体のハプロタイプの構築により集団内の遺伝的多様度および各ハプロタイプ間の多様度を検討した.Y染色体ハプロタイプの進化学的解析により,YAP (DYS287) 座とDXYS5Y座の多型はただ1回の起源を持つのに対し,DYS1座の多型およびDYS19座におけるマイクロサテライトの対立遺伝子群は1回以上の起源を持つことが示唆された.遺伝的距離の解析により,沖縄の人は本土の日本人とは遺伝的に離れていることが明らかとなった.このことは,現代日本人が縄文人および韓国あるいは中国本土からの移入民である弥生人からの異なる遺伝的寄与を受けた結果であり,また沖縄の人は弥生人とはほとんど混合することはなかった,という仮説を支持する.YAP(+)染色体は縄文人によりもたらされ,YAP(−)染色体の流入は弥生人の移住によりもたらされたと考えられる.詳細は,文献11に発表した.

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 (11) 単クローン抗体によるオルソムコイド表現型─台湾先住民における ORM1*Q0 の多型出現
梅津和夫1,湯浅 勲2,鈴木粛夫1,Pan I-H3,石田貴文4,斎藤成也5,宝来 聰
1山形大学医学部,2鳥取大学医学部,3台湾大学医学部,4東京大学理学研究科,5進化遺伝研究部門)

 ヒトのオルソムコイド(ORM)は,分子量 45 kD の血清タンパクで,遺伝的多型が著しくORM1およびORM2の2座位に約30種類の対立遺伝子が観察されている.ORMの表現型を判定する際に,時としてORM1あるいはORM2のいずれの産物かを決定するのに困難なバンドに遭遇することがあった.このためオルソムコイド(ORM)に対する3種類のモノクローナル抗体 (OR35, OR40, OR48) を作成し,ヒトにおけるオルソムコイドシステムの表現型を決定するのに用いた.OR35抗体とOR48抗体はそれぞれ,ORM1産物とORM2産物を認識する.ORM40はORM1産物には強く反応するが,ORM2産物に対する反応は弱い.これらモノクローナル抗体の反応性の違いを用いて,ORMの表現型を台湾先住民の9種族集団から得られた658個体について決定した.注目に値することは,ヌルの対立遺伝子である ORM1*Q0 のホモ接合体表現型をもつ個体が2人見い出されたことである.さらに ORM1*Q0 の対立遺伝子が,9種族集団中8集団で多型頻度(1% 以上)で観察されたことである.特にタイヤル族では,ORM1*Q0 の遺伝子頻度は 14.5% と非常に高頻度であった.詳細は,文献13に発表した.

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