ヒトやマウスなどの摂食行動,脂質・糖代謝とエネルギー消費・蓄積の生理的恒常性,血圧や体温調節などは,脳・視床下部の制御中枢から発する自律神経・内分泌投射系によってフィードバック制御されることが知られている.ヒトのプラダ・ウイリ症候群(PWS)は,心身の発達障害,筋組織の低緊張などと共に,摂食行動の異常と肥満をおもな徴候とする先天性異常症であり,15番染色体の特定の領域(15q11-q13)に部分的欠損が認められる例が多いことから,この領域に複数の原因遺伝子が存在すると考えられている.そこで,PWS症候群のおもな徴候が,患者の視床下部・神経受容体ならびに神経伝達系に関連する遺伝子機能の欠損に基づくと考え,遺伝子の 染色体地図上の位置の知見をも踏まえて,位置的クローン化操作によって遺伝子を取り出し,構造と機能を解析することした.一方,肥満ラット,肥満マウス,糖尿病マウスなどは,それぞれ単一の常染色体劣性遺伝子による脂質・糖代謝の異常を示し,いづれも脳・視床下部による自律神経・内分泌制御系の発達障害に原因することが,これまでに報告された多くの実験結果によって支持されている.肥満マウスの原因遺伝子が同定された以外には,未だ遺伝子変異の詳細は明らかにされていない.この研究の目的は,ヒトのPWS症候群の主要な徴候である摂食行動の異常と肥満,高脂血症,高インシュリン血症など,神経内分泌制御系の異常を遺伝子解析によって明らかにし,さらに肥満ラットや糖尿病マウスの異常に関わる遺伝子変異の解析結果とも併せて,脂質・糖代謝の恒常性維持に関わる視床下部・神経内分泌制御系・シグナル伝達の仕組みを解明することにある.
PWS症候群の主要徴候が,患者の視床下部・神経伝達・受容体系に関連する遺伝子機能の欠損にもとづくと考え,患者細胞からmRNA・cDNAライブラリーを作成し,正常個体のそれからクローン・サブトラクション法を用いて共通のcDNA配列クローンを引き去ることにより,患者で欠損する13個のcDNAを選択した.どのクローンにも既知の遺伝子と相同の配列は認められず,新しい遺伝子の一部を構成する配列と考えられる.これらは患者の細胞では発現していないので,PWS症候群・候補遺伝子の一部である可能性がきわめて高い.一方,Zucker肥満ラットに認められる摂食行動の異常と肥満,糖尿病の発症といったPWS症候群相似の徴候が,視床下部・神経伝達系における作用物質の一つである脳内ヒスタミンないしはそのレセプターの異常に基づくことが知られている.そこで,ヒトのヒスタミンH1レセプター(H1R)遺伝子の全塩基配列を決定し,ヒトの各染色体1種類のみをもつマウス・ヒト雑種細胞パネルを用いて,遺伝子マッピングを行った結果,H1R遺伝子は3番染色体短腕上にマップされた.肥満ラットの原因遺伝子はラット6番染色体上にマップされており,この染色体領域はマウスの5番染色体と相同性を示し,そこには糖尿病マウスのdb遺伝子がマップされている.マウスの5番染色体はヒトの1p31-p34に相当することが知られている.したがって,ヒトの摂食制御と肥満・糖尿病の罹病性を高める遺伝子の一つが1番染色体上に存在する可能性が高く,糖尿病(db)マウスや肥満(fa)ラットのそれらとも相同性を示すことが予測される.
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