毎年科学技術週間における行事の一環として行われる研究所の一般公開は,4月19日(土)に行われた.4つのテーマに沿った研究発表の展示,学術講演,学術映画の上映等を行い,9時30分から16時30分までの間に約2,800人の見学者が来所した.
国立科学博物館と共催で,一般を対象とした遺伝学公開講演会を次のとおり開催した.
日 時 平成9年10月18日(土)13:30〜16:30
場 所 国立科学博物館新宿分館(新宿区百人町)
共 催 国立科学博物館
後 援 遺伝学普及会
講 演
働くタンパク質の形を見る
構造遺伝学研究センター助教授
理学博士 白 木 原 康 雄
【要旨】
良く知られているように,タンパク質は遺伝子の上のDNAの4種のヌクレオチドの並びの情報に基づいて作られます.タンパク質は,細胞間で起こる情報伝達,肝臓でおこる膨大な数の化学反応,筋肉で起こる化学反応に共役した収縮など,生命の維持に必要な全てのイべントを行います.タンパク質は遺伝子の指令に基づいて作られた,働く分子なのです.
タンパク質は構成分子であるアミノ酸が百個から千個連なった”ひも”状の高分子です.ひもはコンパクトにおりたたまって全体の形は球状に近くなります.タンパク質の形はその機能と密接なつながりがあるので,形を調べることは重要な意味を持ちます.
タンパク質の形を調べるのにX線結晶解析法があります.これはタンパク質を結晶にし,その結晶にX線をあてて得られる回折パターンを解析して形の情報を得るやり方です.X線にレンズがないためにこのような迂遠な方法をとりますが,得られる情報は大変細かく,タンパク質を構成している原子の位置の情報までも得ることができます.
タンパク質は働く間にその形を変えます.これは動作中の特定の状態にあるタンパク質分子を結晶にしその形を調べる,別の特定の状態にある分子を同じように調べる,それらを比較する,という一連の実験によって調べることができます.私達は生体エネルギー通貨であるATPを合成するATP合成酵素の形を調べて来ました.ATP合成酵素はATP合成の際非常に大きな形の変化があることがわかりました.ATP合成酵素の形を調べる実験の実際,形の変化について述べる.
個体遺伝研究系教授
理学博士 広 海 健
【要旨】
神経系発生過程では多くの種類のニューロンやグリアがゲノムの情報に基づいて,正確に生み出されます.複雑な神経回路形成も回路を構成するニューロンが,機能面だけでなく,発生過程でも分子的に多種多様であることに依存しています.
私達はショウジョウバエの胚中枢・末梢神経系及び成虫複眼をモデル系として用いて,神経系発生過程におけるニューロン運命決定機構・神経回路形成機構の研究を行っています.ショウジョウバエでは,古典的遺伝学の技法を分子生物学の新しい技術・材料と組み合わせることにより,効果的に遺伝子の発現・機能の解析が可能です.今回は,特定のニューロン或いはその前駆細胞でのみ発現している遺伝子を同定することを目的として行った遺伝的スクリーンを紹介し,それによって同定された2つの遺伝子,seven-upとedlについて解説します.
seven-up遺伝子はショウジョウバエ個眼の特定の光受容ニューロンでのみ発現しており,その突然変異個体ではseven-up遺伝子を発現するニューロンが別の種類のニューロンに運命転換します,このことはseven-upが2種のニューロン間の遺伝的スイッチとして働くことを示唆しています.seven-up蛋白は進化的に保存された核内リセプターであり,その転写調節因子としての働きの下流には,軸索走行・標的認識・シナプス形成など,特定のニューロンとして分化するために必要な過程を制御する遺伝子があると予想されます.edl遺伝子は1種の光受容ニューロンでのみ発現していますが,他の光受容ニューロンで強制発現させると,それらの細胞のニューロン分化を完全に阻害します.このことは,光受容ニューロンへの分化機構がニューロン種によって異なることを示唆しています.遺伝的・分子生物学的解析から明らかになったこれらの遺伝子産物の分子的作用機構について述べる.