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ゲノム社会における働かない遺伝子の役割-なぜ転写されない遺伝子が多数存在するのか?-
 

→研究の詳細
ほとんどの遺伝子は1細胞(ハプロイド)あたり1コピーのみ存在するが、中にはコピーを増やし転写産物量を増大させている遺伝子もある。それらは増幅遺伝子と呼ばれ、同一遺伝子が染色体上あるいは染色体外に多数並んで存在する。増幅遺伝子の代表格は、リボソームRNA遺伝子というリボソーム(注2)中に存在するRNAをコードする遺伝子で、真核細胞では数百〜数千コピーが巨大な反復遺伝子群を染色体上に形成している。リボソームは細胞の全タンパク質の約80%を占めており、その骨格を作るリボソームRNAの遺伝子も1つでは足らず多数必要となる。しかし不思議なことに、その膨大なコピーの半数以上は転写されておらず、なぜこのような「働かない」余分なコピーが存在するのか長年の謎であった。今回国立遺伝学研究所細胞遺伝研究部門、井手聖研究員、小林武彦教授らのグループは真核細胞のモデル生物である出芽酵母を用いてこの謎を解明した。
増幅遺伝子はコピー間での相同組換え(注3)により、コピー数が徐々に脱落し減少していく運命にある。しかしリボソームRNA遺伝子は特別な遺伝子増幅機構を有し、減少分を常に補い、ほぼ一定のコピー数を維持している。当研究室では、これまでこの遺伝子増幅機構について研究してきた。その成果としてFob1というDNA結合タンパク質がリボソームRNA遺伝子内で増幅に必要な組換えを誘導していることを解明した。このFob1による増幅機構を操作し、酵母のリボソームRNA遺伝子のコピー数を自由に改変することに成功した。

面白いことに、出芽酵母リボソームRNA遺伝子を、野生株(約150コピー)の1/7(20コピー)まで減少させても菌は正常に生育した。この株では、もはや転写されていない余分なコピーはなく、すべてのコピーが転写されていた。そこでこのリボソームRNA遺伝子コピー数減少株(低コピー株)の性質を多面的に解析したところ、紫外線や発ガン物質などのDNAに傷を付ける薬剤に対して感受性である(弱くなる)ことが判明した。またこの低コピー株の感受性の変化はリボソームRNA遺伝子の転写を止めると消失した。

次にそのメカニズムについて解析したところ、低コピー株ではコンデンシン(注4)と呼ばれるタンパク質がリボソームRNA遺伝子の領域に結合できなくなっていることが判明した。そのためDNAの傷の修復に必要な姉妹染色分体間の接着(注5)が起こらず、リボソームRNA遺伝子が壊れていく。さらにこのリボソームRNA遺伝子の崩壊はゲノム全体の安定性にも影響を与え、細胞の生育を阻害していることが判明した。

以上のことからリボソームRNA遺伝子の転写されていないコピーは、コンデンシンの結合の足場となり、リボソームRNA遺伝子に生じた傷を修復し、ゲノム全体の安定性維持に重要な役割を担っていることが判明した。

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→研究の意義
リボソームRNA遺伝子の増幅機構の進化の解明の手がかり
今回の結果からリボソームRNA遺伝子の数がぎりぎりだと、紫外線等による傷の修復が不能になることが判明した。このことから増幅機構の進化について次のような仮説が成り立つと思われる。つまり、進化の過程で徐々に細胞が大きくなったとされているが、その際当然より多くのリボソームが必要となったと想像される。最初に1つしかないリボソームRNA遺伝子の転写がフル回転し、徐々に偶然コピー数が増えたものが「選択」されて複数のコピーを持つ細胞が誕生したと想像される。ここまではこれまで考えられていた説だが、今回の我々の結果から、そのような低コピーのリボソームRNA遺伝子しか持たない細胞は、紫外線等のDNAダメージに弱く、このこと自体が再び進化の選択圧として働き、遺伝子増幅機構つまり転写されていない余分なコピーをも作り出す機構を発達させたと考えられる。

リボソームRNA遺伝子と癌発生との関わり
リボソームRNA遺伝子は最も数が多く、ゲノムの大きな領域を占める遺伝子である(例えば酵母ではゲノム全体の十数%を占めている)。そのためリボソームRNA遺伝子が不安定化し、そこにDNA修復酵素が集中するとゲノムの他の部分の修復能力が低下すると予想される。実際今回の結果から、リボソームRNA遺伝子が不安定化な低コピー株では、ゲノム全体の不安定化が誘導された。ゲノムの安定性の低下は、高等真核細胞では癌化に繋がる。そのため余分なコピーも含めてリボソームRNA遺伝子のコピー数を高く維持する機構は、癌抑制の観点からも重要な機能であるといえる。

リボソームRNA遺伝子の不安定性を利用した抗がん剤の開発への応用
異常な速度で増殖する癌細胞は多量のリボソームを必要とし、通常転写されていない余分なコピーも働いていると考えられる。こうした癌細胞は、出芽酵母の低コピー株と同じような状態なっていると考えられる。実際に癌細胞はDNAに損傷を与えて細胞を殺すような抗がん剤に対し弱いことから、リボソームRNA遺伝子が不安定になり、ゲノム全体が崩壊している可能性が考えられる。今回我々が解析した低コピー株を用いることで、リボソームRNA遺伝子を特異的に攻撃する薬剤をスクリーニングすることが可能となり、より副作用が少ない新規の抗がん剤の開発に繋がると期待される。


(本研究は奈良先端大の真木寿治教授との共同研究で行われた)

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